専門家の知識は無料ではない――最高裁・草野裁判官が問う「依頼者ではない人」への責任
2026/08/15
専門家がその場にいる。
その専門家なら、一般の人には分からない危険に気付けるかもしれない。
では、自分がその専門家に仕事を依頼していなくても、
「専門家なのだから危険を教えてくれて当然」
なのでしょうか。
そして、専門家が教えてくれなかったために損害が生じたら、
「分かっていたはずなのに教えてくれなかった」
として損害賠償を求めることができるのでしょうか。
最高裁令和2年3月6日判決に付された草野耕一裁判官の個別意見は、この問題に真正面から取り組んでいます。
草野裁判官が論じたのは、司法書士の本人確認という一つの実務問題だけではありません。
「職業的専門家とは、そもそも誰に専門知識を提供する存在なのか」
という、専門家という職業そのものに関わる問題です。
そしてもう一つ。
事件が終わった後には、私たちは「誰が偽物だったのか」「どの書類が偽造だったのか」という答えを知っています。
しかし、現場にいた専門家は答えを知らない状態で判断していました。
草野裁判官は、後から分かった結果を使って専門家を評価する「後知恵」の危険にも踏み込んでいます。
なお、本記事のタイトルにある、
「専門家の知識は無料ではない」
という言葉は、草野裁判官が判決文でそのまま使用したものではありません。
草野裁判官の考え方を一般の方にも分かりやすく表した、本記事上の要約です。
これまでの4つの裁判――司法書士の責任は最終的にどうなったのか
このシリーズでは、一つの不動産詐欺事件をめぐる司法書士の責任を追ってきました。
第1部 東京地裁
前件を担当した弁護士には6億4800万円の損害賠償責任。
一方、後件を担当した司法書士については責任なし。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260813153425/
第2部 東京高裁
司法書士について判断が逆転。
3億2400万円の損害賠償責任が認められました。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260814093154/
第3部 最高裁
最高裁は3億2400万円判決を破棄。
司法書士が不審事情に気付いていたこと自体は認めながら、
この司法書士に何を「正当に期待」できたのかを十分に審理する必要がある
として東京高裁へ差し戻しました。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260814105915/
第4部 差戻東京高裁
最高裁の基準を具体的な事実へ当てはめた結果、
最終的に司法書士の損害賠償責任は否定されました。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260814122400/
今回の第5部は、この本編から少し離れます。
最高裁判決に付された、草野耕一裁判官の個別意見だけを取り上げます。
これは最高裁多数意見ではありません
最初に、非常に重要な点を確認しておきます。
今回取り上げる考え方は、最高裁第二小法廷の多数意見そのものではありません。
最高裁判決自体は、裁判官全員一致で東京高裁判決を破棄し、事件を差し戻しています。
草野裁判官も、その結論に賛成しています。
さらに、
「それに至る理由に関しても多数意見とおおむね見解を同じくする」
としたうえで、なぜ差戻しが必要なのかについて、自分の考えをさらに詳しく述べました。
したがって、これから紹介する、
「職業的専門家」についての原則論や3つの条件
を、
「最高裁がこの3条件を判示した」
と理解することはできません。
正確には、草野耕一裁判官が個別意見として示した考え方です。
草野裁判官は、まず「職業的専門家」を定義した
草野裁判官の意見は、非常に珍しい始まり方をします。
まず二つの言葉を自ら定義しています。
一つは、「職業的専門家」です。
草野裁判官は、
「長年の研さんによって習得した専門的知見を有償で提供することによって生計を営んでいる者」
を「職業的専門家」と定義しています。
もう一つが、「依頼者」です。
こちらは、
「職業的専門家と契約を締結して同人から専門的知見を提供する旨の約束を取り付けた者」
と定義しています。
ここが草野意見の出発点です。
専門家とは「詳しい人」ではない
この定義は、よく考えると非常に重要です。
専門家は、単に、
「その分野について詳しい人」
ではありません。
長い期間勉強し、経験を積み、専門知識を蓄積する。
そして、その知識を必要とする人から正式な依頼を受け、専門的サービスとして提供し、その対価として報酬を受け取る。
それを職業にしている人です。
司法書士なら登記実務。
弁護士なら法律実務。
税理士なら税務。
これらは草野裁判官が具体的に列挙したものではありませんが、「職業的専門家」という概念を理解するための典型例でしょう。
草野裁判官の原則――依頼者でない人に知識を提供しなかっただけでは責任を負わせない
ここから草野裁判官は、かなりはっきりした原則を示します。
職業的専門家は社会にとって有用な存在である。
そして社会が複雑になり、必要な情報が高度になるほど、その有用性は高まっていく。
だからこそ、
依頼者ではない人に専門的知見を提供しなかったというだけで専門家に法的責任を負わせることは、「特段の事情」がない限り否定されるべきである
と述べています。
一見すると、かなり専門家寄りの考え方に見えるかもしれません。
しかし、草野裁判官には二つの理由がありました。
理由① 誰でも無料で知識を受けられるなら「依頼者」になる意味がなくなる
第一の理由は、非常に現実的です。
専門家が、
「自分の知識を必要としている人に出会ったら、その人が依頼者でなくても専門知識を提供する法律上の義務がある」
とされたらどうなるでしょうか。
知識を必要とする側からすると、
わざわざ報酬を払って正式な依頼者になる必要がなくなります。
専門家の近くにいて、専門家が何かに気付いていれば、
「専門家なんだから教える義務がある」
と言えてしまうからです。
草野裁判官は、そのような状態になれば、
職業的専門家が安定した生活基盤を形成することが困難になる
と指摘しています。
これが、本記事のタイトルで、
「専門家の知識は無料ではない」
と表現した理由です。
これは「お金をもらわなければ何もしなくてよい」という話ではない
ただし、草野意見を、
「金を払っていない人には何も教えなくていい」
という話にしてしまうと、本質を外します。
職業的専門家という仕組みを社会に維持するには、
長期間にわたって知識と技術を習得し、
その専門能力を依頼者のために使い、
その対価として報酬を得る、
という仕組みが必要です。
誰に対しても同じ専門サービスを無償で提供する法律上の義務を負わせれば、
そもそも「専門家に正式に依頼する」という制度の意味が薄れてしまう。
草野裁判官は、専門家の報酬そのものというより、職業的専門家という社会制度の持続可能性を問題にしていると読めます。
理由② 依頼者との信頼関係を守らなければならない
草野裁判官の第二の理由は、さらに重要です。
専門家が依頼者へ質の高いサービスを提供するためには、
専門家と依頼者との間に高度な信頼関係が必要
だとします。
そして、その信頼関係を維持するためには、
専門家には、
依頼事項について、依頼者の同意なく第三者へ助言しない
という行動原理が必要だと述べています。
専門家は、その場にいる全員のために働いているとは限りません。
依頼者がいて、その依頼者から具体的な仕事を頼まれている。
場合によっては、依頼者と第三者の利害が完全には一致しないこともあります。
それなのに専門家が、依頼者の同意なく第三者へ専門的助言をすることが当然の義務になれば、
「この専門家は誰のために仕事をしているのか」
が曖昧になってしまいます。
では、依頼者でなければ絶対に責任を負わないのか
ここまでなら、
「結局、契約していない第三者には何もしなくていいということか」
と思うかもしれません。
しかし、草野裁判官の意見はそこで終わりません。
自ら、
「あらゆる法理がそうであるように上記の原則にもまた例外として扱われるべき特段の状況というものが存在する」
と続けています。
つまり、
原則は明確にする。しかし例外も必要である。
という考え方です。
分かりやすい例――対応できる専門家が一人しかいない緊急事態
草野裁判官は、例外的な状況の例として、
突発的な事態が発生し、
それに対応できる職業的専門家が一人しか居合わせていない
ような場面を挙げています。
契約していないからといって、
「私はあなたの依頼を受けていないので知りません」
で常に終わってよいわけではない。
専門家だからこそ一定の対応が求められる例外的な場面もあるということです。
さらに草野裁判官は、第三者への責任を考える別の例として、より具体的な3条件を示します。
草野裁判官が示した「3つの条件」
草野裁判官は、次の3つの条件が同時に成立する場合を挙げています。
① 第三者が専門知識を提供してもらえると真摯に期待している
その人は正式な依頼者ではない。
それでも、
この専門家から専門的な助言を受けられる
と真摯に期待していること。
単なる思い込みではありません。
次の条件が必要です。
② その期待に正当な理由がある
「そこに司法書士がいたから、全部確認してくれると思った」
というだけでは足りません。
なぜその専門家が自分にも助言してくれると考えたのか。
その期待について、正当な理由が必要です。
③ 本当の依頼者が第三者への助言に同意している
そして、その専門家に正式に仕事を頼んだ本来の依頼者が、
第三者への専門知識の提供について、
明示的又は黙示的に同意していること。
この3つが同時に存在する場合には、草野裁判官は例外的な法的義務を認める余地があると考えました。
3条件を満たしたら「引き受けるか、引き受けないなら早く伝える」
では、そのような場合に専門家は何をすればよいのでしょうか。
草野裁判官は、
第三者が期待しているとおりに専門的知見を提供するか、
そうしないのであれば、
時機を失することなく、その意思がないことを知らせる義務
を負うと述べています。
一般的な言葉にすると、
引き受けるのか。
引き受けないのか。
曖昧にしたままにしない。
ということです。
専門家が何も言わず、第三者は「この専門家が見てくれている」と思っている。
そのまま重大な取引が進む。
草野裁判官は、一定の条件下では、その状態を放置すべきではないと考えています。
なぜ例外を認めるのか――「より安全で公正な社会」
ここには草野意見のバランスがよく表れています。
第三者への無限定な責任を認めれば、専門家という職業制度が成り立ちにくくなる。
依頼者との信頼関係も損なわれる。
しかし一方で、
一定の状況で専門家が第三者へ最低限の配慮をすることによって、
社会をより安全で公正なものにできる。
草野裁判官は、この程度の配慮を専門家に求めることは過大な要求ではないと考えています。
つまり、
専門家側だけを守ろうとする意見ではありません。
第三者を保護すべき場面も、かなり明確に認めています。
そして本件Xは、その「例外」に当たる可能性があった
ここから草野裁判官は、今回の事件へ戻ります。
原告Xは司法書士の正式な依頼者ではありません。
それなら原則論だけで、
「依頼者ではないから責任なし」
となりそうです。
しかし草野裁判官は、そうしませんでした。
今回の会合は、
前件申請・後件申請に使用する書類を事前確認することなどを目的として開かれた会合
でした。
所有者を名乗る人物もそこへ出席しています。
さらに、会合前には前件側の関係者からX代表者に対し、
買主や買主側の司法書士が所有者本人と面談し、本人性を確認する機会を設けるという趣旨の説明もされていました。
そして重要なのは、
その会合に出席していた司法書士は、本件司法書士一人だけだった
ということです。
Xが「司法書士が助言してくれる」と期待したことには理由があったのかもしれない
このような状況なら、X側からすると、
「ここに司法書士がいる」
「所有者本人と称する人物もいる」
「登記書類を確認する会合である」
「司法書士が本人性についても専門知識を使って何か問題があれば教えてくれるのではないか」
と考えた可能性があります。
草野裁判官は、
Xがそのような専門的助言を真摯に期待していた可能性
を否定していません。
さらに、司法書士の本来の依頼者側も、司法書士がXにそのような助言をすることについて、
明示又は黙示に同意していた可能性
があると考えています。
ここが重要です。
草野裁判官は原則論を厳格に述べながら、
今回のXについては、むしろ例外に入る可能性がある
と考えたのです。
だから草野裁判官も「破棄差戻し」に賛成した
草野裁判官は、
Xがこの司法書士の選任にどのような役割を果たしたのか。
Xと司法書士の依頼者との間には、どのような人的・経済的関係があったのか。
そうした事情をさらに調べる必要があると考えました。
それによって、
Xが司法書士から専門的助言を受けられると期待することに正当な理由があったと認められるなら、
司法書士のXに対する法的責任が肯定される可能性もないとはいえない。
そのため、草野裁判官も破棄差戻しに賛成したわけです。
しかし、話はさらに続く――義務があっても「違反した」とは限らない
ここで草野意見は、もう一段深くなります。
仮に、
司法書士にはXに専門的助言をする法的義務があった
とします。
それだけでは、損害賠償責任は成立しません。
次に、
では司法書士は、その義務に違反したのか。
を考えなければなりません。
草野裁判官は、この点についても記録だけでは明らかではないと考えました。
その理由として二つの重要な事情を挙げています。
法務局は、なぜ印鑑証明書が偽造だと分かったのか
第一の事情です。
後日、東京法務局渋谷出張所の説明によって、この印鑑証明書が偽造であることが判明したとされています。
しかし草野裁判官は、
法務局が何を決め手に偽造と判定したのかが記録上明らかではない
ことに着目しました。
これは一見地味ですが、非常に重要な指摘です。
もし、
偽造かどうかを確実に判断するために必要な情報が、一般の司法書士には取得できない内部情報だったとしたらどうでしょうか。
司法書士に対し、
「専門家なのだから、その場で偽造と判断できたはずだ」
と言えるのでしょうか。
草野裁判官は、そこに疑問を呈しています。
専門家に責任を求めるなら、
その専門家が当時利用できた情報と手段によって、本当にそこまで判断できたのか
を確認する必要があります。
「専門家なら分かったはず」ではなく、「その専門家が実際に分かり得たのか」
結果として、印鑑証明書は偽造でした。
結果として、所有者を名乗った人物も偽物でした。
しかし、それは事件が終わった後だから分かることです。
専門家責任を判断する際に重要なのは、
現在の私たちが真実を知っているか
ではありません。
その当時、その専門家が利用できた資料、情報、確認手段によって、
実際にどこまで判断することが可能だったのか
です。
草野意見はこの点を非常に厳密に見ています。
もう一つの事情――公証人まで欺かれていた
第二の事情が、公証人の存在です。
前件申請に用いる委任状には、印鑑証明書等の提出により人違いでないことを証明させた旨の公証人の認証が付されていました。
しかし、その人物は偽物でした。
つまり、結果として公証人まで欺かれていたわけです。
草野裁判官は、
今回の偽装手口は、
人物の同一性を判断して認証を与える職業的専門家である公証人さえ欺き得るほど巧妙だったことを示唆する
と考えています。
もちろん、
「公証人も騙されたから司法書士には責任がない」
という意味ではありません。
それだけ巧妙な偽装だったなら、
司法書士が当時どこまで確信を持って、
「この人物は偽物である可能性が高い」
と専門家として言えたのか。
その現実性を考える材料になるということです。
草野意見最大の論点――「後知恵」で専門家を裁いてはいけない
ここで草野裁判官は、非常に印象的な言葉を使います。
「後知恵」
です。
事件後の私たちは、
所有者を名乗っていた人物は偽物だった。
印鑑証明書は偽造だった。
6億円を超える金銭が失われた。
という結果を知っています。
しかし、平成27年9月7日の会合にいた司法書士は、
その答えを知りませんでした。
その場では、
本物かもしれない。
偽物かもしれない。
という状態です。
その後になって、
「実際に偽物だったのだから、司法書士も当然偽物だと見抜くべきだった」
と評価すると、
結果を知っている現在から過去を見ています。
草野裁判官は、これを避けなければならないと考えました。
もし司法書士が決済を止めて、「実は本人だった」らどうなるのか
草野裁判官は、さらに反対側のリスクを考えています。
仮に司法書士が9月7日の会合で、
「この人物は本人ではない可能性があります。取引を中止すべきです」
と強く警告したとします。
その意見を信じ、6億円を超える不動産取引が中止された。
ところが後になって、
実は本物の所有者だった
と判明したらどうでしょうか。
取引機会を失った会社から、
「司法書士の根拠のない警告によって取引が壊れた」
「その損害をどうしてくれるのか」
と追及される可能性があります。
草野裁判官は、この問題を実際に指摘しています。
専門家が強い意見を述べる以上、
反対の結果が出た場合でも、自分がなぜその意見を述べたのかを説明できるだけの根拠
が必要なのです。
専門家は「まだ答えが分からない時点」で判断している
これは、司法書士業務に限らない問題です。
裁判になった後には、事実関係について大量の証拠が集まります。
何年もかけて、
裁判官、双方の弁護士、専門家が検討します。
しかし現場にいる専門家は、
その瞬間に判断しなければなりません。
警告するのか。
さらに調べるのか。
決済を延期するのか。
中止を勧告するのか。
そのまま進めるのか。
しかも、判断を誤れば、
「止めるべきだった」
と言われるだけではありません。
反対に、
「止める必要がなかったのに、なぜ止めた」
と責任を問われる可能性もあります。
草野裁判官の「後知恵」の指摘は、専門家責任を考えるうえで非常に現実的です。
草野裁判官が最後に差戻審へ求めたこと
草野裁判官は最後に、
これらの事情をすべて考慮したうえで、
「本件において上告人にはいかなる意見を述べることが現実的に可能であったのか」
を見極めて結論を出してほしいと述べています。
この問いは非常に重要です。
単に、
「もっと注意するべきだった」
では足りません。
当時の資料から、何が分かったのか。
何が分からなかったのか。
どの程度の疑いを持つことが可能だったのか。
どの程度強い警告をするだけの根拠があったのか。
もし取引を止めた場合、その判断を後から説明できたのか。
専門家に現実的に何ができたのか。
そこまで具体的に考えて初めて、専門家の義務違反を判断できるということです。
「専門家の知識は無料ではない」だけでは終わらない草野意見
ここまで読むと、草野裁判官の意見は、
「専門家は依頼者から報酬をもらっているのだから、第三者は知らなくてよい」
という単純な話ではないことが分かります。
草野意見は、大きく3段階に分かれています。
原則
職業的専門家は、契約して専門知識の提供を約束した依頼者に専門知識を提供する職業である。
したがって、依頼者ではない第三者に専門知識を提供しなかっただけで、無限定に法的責任を負わせるべきではない。
例外
しかし、
第三者が真摯に専門的助言を期待している。
その期待に正当な理由がある。
本来の依頼者も第三者への助言を明示又は黙示に認めている。
こうした特別な状況では、第三者に対する義務が発生することがある。
さらに
義務が発生したとしても、
結果が分かった後の「後知恵」で義務違反を判断してはならない。
当時の情報で、専門家が現実的に何を判断し、何を言えたのかまで考えなければならない。
非常にバランスの取れた考え方です。
最高裁多数意見と草野意見は何が違うのか
第3部で紹介した最高裁多数意見は、第三者への司法書士の責任について、
第三者が登記に重要かつ客観的な利害を持ち、そのことを司法書士が認識できる場合で、
司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという「正当な期待」
を有しているときには、第三者に対する義務が生じ得るとしました。
その判断では、
- 第三者自身の不動産取引経験
- 他の資格者代理人
- 不動産仲介業者
- 司法書士の取引への関与
- 不審事情の程度
などを総合的に検討します。
草野裁判官は、それにおおむね賛同したうえで、さらに根本から考えました。
そもそも職業的専門家とは、依頼者に専門知識を有償提供する存在である。
という出発点を置き、
第三者に義務を認める例外的場面について、
真摯な期待・正当事由・真の依頼者の同意
という3条件を提示しています。
さらに、
義務があったかだけではなく、
当時どのような専門的意見を述べることが現実的に可能だったのか
まで検討しなければならないと考えました。
多数意見と対立しているのではありません。
多数意見が示した枠組みを、草野裁判官が自らの専門家観からさらに掘り下げたものと見るのが適切でしょう。
司法書士実務から考える――「私は誰から何を頼まれているのか」
草野意見から、司法書士実務について考えさせられることは多くあります。
特に重要なのは、
自分の依頼者は誰なのか。
何を依頼されているのか。
を明確にすることです。
不動産決済では、一つの部屋に、
売主、買主、不動産仲介会社、銀行、別の司法書士、親族など、多くの人がいることがあります。
その中で第三者が、
「この司法書士は自分のためにも全部確認してくれている」
と思っている可能性があります。
もし専門的判断を求められたときには、
引き受けるのか。
引き受けないのか。
どこまで回答するのか。
曖昧にしないことが重要でしょう。
これは草野裁判官が具体的な記録方法まで命じたものではありません。
しかし実務上は、
依頼範囲、注意喚起した内容、誰がその後確認することになったのか、判断の根拠などを記録に残しておく
ことが、後日の紛争防止に役立つと考えられます。
専門家へ依頼する側にも重要な問題
この話は、専門家だけの問題でもありません。
不動産取引の場に司法書士がいる。
あるいは弁護士や税理士がいる。
だからといって、
その専門家が自分の利益についてもすべて確認してくれているとは限りません。
誰がその専門家を依頼したのか。
何を依頼しているのか。
自分が確認してほしい事項まで依頼内容に入っているのか。
重要なことなら、
「この点についても確認してください」
と具体的に依頼する。
専門家側と依頼者側の双方が役割を明確にすることが、結局は双方を守ることになります。
専門家責任は「結果が悪かった」だけでは決まらない
この一連の事件では、6億円を超える巨額の損害が発生しました。
当然、
「誰かが止めることはできなかったのか」
という問いが生じます。
しかし専門家の法的責任は、
結果として大きな損害が発生したというだけでは決まりません。
誰から何を依頼されたのか。
誰に対して、どのような役割を引き受けていたのか。
依頼者ではない第三者に対しても助言するべき特別な状況だったのか。
そして何より、
その時点で入手できた情報から、専門家にはどのような判断をすることが現実的に可能だったのか。
草野耕一裁判官の意見は、専門家責任を考えるうえで非常に根本的な問いを投げ掛けています。
「専門家なのだから分かったはずだ」
という一言では終わらない。
専門家もまた、答えがまだ分からない時点で判断している。
この視点は、司法書士だけでなく、さまざまな専門職の責任を考えるうえで重要ではないでしょうか。
中野司法書士事務所
中野司法書士事務所では、不動産売買の決済、本人確認・意思確認、所有権移転登記、連件申請などの不動産登記業務に対応しています。
複数の専門家や不動産会社が関与する取引では、登記書類だけでなく、
誰が何を担当するのか、司法書士としてどこまでを受任しているのか
を確認しながら手続を進めることが重要です。
東京都杉並区・高円寺駅徒歩1分。
司法書士として25年以上の実務経験をもとに、個々の取引内容を確認しながら登記手続を進めています。
参考判例
最高裁判所第二小法廷令和2年3月6日判決
平成31年(受)第6号 損害賠償請求事件
民集74巻3号149頁
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