中野司法書士事務所

3億2400万円から再び責任なしへ――差戻高裁が見た「14万円・3100万円・29年」と司法書士への正当な期待

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3億2400万円から再び責任なしへ――差戻高裁が見た「14万円・3100万円・29年」と司法書士への正当な期待

3億2400万円から再び責任なしへ――差戻高裁が見た「14万円・3100万円・29年」と司法書士への正当な期待

2026/08/14

第一審――司法書士の責任なし。

東京高裁――3億2400万円の損害賠償責任。

最高裁――その3億2400万円判決を破棄して差戻し。

そして、差戻後の東京高裁――再び司法書士の責任なし。

 

同じ司法書士、同じ不動産詐欺事件について、裁判所の判断は大きく揺れました。

最高裁が東京高裁に与えた宿題は、「もう一度、印鑑証明書が怪しかったかを調べなさい」というものではありません。

最高裁は既に、司法書士が印鑑証明書の問題を認識し、相応の疑いを持っていたこと自体は認めています。

そのうえで問題としたのは、

この司法書士に対し、直接の依頼者ではない原告Xが、どこまでの対応を期待することが正当だったのか。

という点でした。

そして差戻後の東京高裁は、この抽象的な「正当な期待」という基準を、非常に具体的な事実に当てはめていきます。

司法書士の報酬は日当込み14万円

Xには自ら依頼した不動産仲介業者がいて、その報酬等は約3100万円

Xの代表者には約29年の不動産取引経験。

しかし、この数字の大小だけで責任が決まったわけではありません。

裁判所が見たのは、誰が、誰のために、何を担当していたのかです。

今回は、最高裁から差し戻された東京高裁令和3年8月4日判決を取り上げます。

第1部はこちらです。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260813153425/

第2部はこちらです。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260814093154/

第3部はこちらです。
https://nakano-lawoffice.com/blog/detail/20260814105915/

 

最高裁から東京高裁へ出された「宿題」

第3部で取り上げた最高裁令和2年3月6日判決は、司法書士に3億2400万円の責任を認めた東京高裁判決を破棄しました。

ただし、

「司法書士には責任がない」

と最高裁自身が最終判断したわけではありません。

 

最高裁が問題にしたのは、損害賠償を請求しているXが、この司法書士の直接の依頼者ではなかったことです。

依頼者に対して司法書士が負う義務と、契約関係のない第三者に対して負う義務は、そのまま同じにはできません。

そこで最高裁は、第三者であるXについて、

司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという「正当な期待」があったかを検討する必要があるとしました。

差戻高裁が取り組んだのは、この問題です。

 

差戻審で見直されたのは「怪しさ」そのものではない

この事件には、確かに多数の不審事情がありました。

 

生年の異なる2通の印鑑証明書。

コピー時の防止文字の問題。

前件代理人として名前の出ている弁護士本人が会合にいなかったこと。

新しい印鑑証明書を用意するとされたのに、決済時にも提出されなかったこと。

住所の「19番17号」と「19番17」という違い。

 

これらが差戻審で消えたわけではありません。

それでも結論は変わりました。

なぜなら、差戻審で問われたのは、

不審事情が存在したか

だけではなく、

その不審事情を知った後件司法書士が、Xとの関係でどこまで行動する役割を負っていたのか

だったからです。

 

同じ不審事情でも、それを知った専門家の受任内容や立場によって、必要な対応の範囲は変わり得る。

最高裁判決を経たことで、裁判の焦点がそこへ移ったのです。

 

まず大前提――Xは司法書士の依頼者ではない

差戻高裁は、Xが司法書士との間で登記申請について委任契約を結んでいないことを前提に検討を進めました。

司法書士が受任していたのは後件登記です。

Xは中間省略登記によって登記名義人にならない中間者であり、司法書士から見れば「委任者以外の第三者」でした。

 

だからといって、

「契約していない人には何の責任も負わない」

というわけではありません。

最高裁は、直接の依頼者ではない第三者についても、一定の場合には不法行為上の責任が生じ得るとしています。

ただし、そのためには、

その第三者が、この司法書士から一定の注意喚起等を受けられると期待することに正当性があったのか

を検討する必要があります。

 

Xはこの司法書士を選んでいなかった

まず差戻高裁が見たのは、司法書士がどのような経緯で本件に関与したかです。

この司法書士は、それ以前から最終買主側の会社から登記申請を依頼される関係にあり、その関係から本件後件登記を依頼されました。

 

一方、Xは、

この司法書士の選任には関与していません。

Xと司法書士との間には、それ以前の取引関係もありませんでした。

 

つまり、X自身が、

「自分の取引を守るために、この司法書士を選んだ」

という関係ではありません。

誰が専門家を選び、誰がその専門家に何を依頼したのか。

これは「正当な期待」を考えるうえで重要な事情になります。

 

Xから司法書士への報酬支払いは0円

Xは、この司法書士に報酬を支払っていませんでした。

これも裁判所が考慮した事情です。

 

しかし、

「お金を払っていない人には責任を負わない」

という話ではありません。

 

直接の契約がない第三者についても責任が成立し得ることは、最高裁が明確に認めています。

報酬を誰が支払ったのかという事実は、

誰のために、どのような仕事をする専門家として関与していたのか

を判断する一つの材料なのです。

 

司法書士の報酬は「日当込み14万円」

そして、非常に具体的な数字が出てきます。

本件後件登記について司法書士が受け取る報酬は、

13万円に日当1万円を加えた14万円

でした。

しかも、この金額は、それまで最終買主側から受任していた他の登記案件と比較しても平均的な水準でした。

 

なぜ裁判所が報酬額を見るのでしょうか。

3億円の損害と14万円の報酬を比べて、

「14万円しかもらっていないのだから3億円はかわいそうだ」

と考えたわけではありません。

 

裁判所が見ているのは、受任した仕事の範囲です。

通常の後件登記申請に対応する平均的な報酬しか設定されていない取引で、

さらに、

  • 前件所有者が本当に本人なのかを独自調査する
  • 前件代理人の本人確認を監督する
  • 取引全体の安全性を判断する
  • 必要なら決済を止める

という特別な役割まで引き受けていたと認められるのか。

報酬額は、その判断材料の一つになりました。

 

「14万円だから責任なし」という判決ではない

ここは誤解しない方がよいところです。

この判決は、

「司法書士報酬が14万円なら巨額賠償責任を負わない」

という判決ではありません。

報酬額は、賠償責任の上限でもありません。

 

たとえ報酬が14万円でも、

「前件所有者本人かどうかも先生の方で確認してください」

と明確に依頼され、それを司法書士が引き受けていたのであれば、評価は変わり得ます。

 

反対に、報酬が高額だからといって、あらゆる事項について無限定の責任を負うわけでもありません。

 

問題はあくまで、

どんな仕事を引き受けたのか。

その意味で、14万円という数字が出てくるのです。

 

一方、Xには自ら依頼した仲介業者がいた

Xには、自らの立場で本件取引に関与する不動産仲介業者がいました。

その仲介業者は、Xのために売買そのものに深く関与しています。

本件では、仲介報酬等として約3100万円という金額も出てきます。

 

見た目だけを比べれば、

司法書士 14万円

仲介業者 約3100万円

です。

 

非常に大きな差です。

しかし、これを、

「3100万円ももらった仲介業者の方が責任が重い」

という話にはできません。

 

司法書士と宅建業者では、仕事の内容も法的地位も異なります。

重要なのは金額そのものではなく、

Xには、自らのために不動産取引そのものへ関与する別の専門的な関係者が存在していた

ということです。

 

14万円対3100万円――裁判所が見たのは「金額」ではなく「役割」

この2つの数字を並べると、今回の判決が非常に分かりやすくなります。

 

司法書士は後件の登記申請を受任していました。

一方、Xが依頼した仲介業者は、Xのために不動産取引自体に関与していました。

つまり、

取引の中で、それぞれが違う役割を持っていた

のです。

 

最高裁が求めたのは、

「一人の司法書士に全部の安全管理責任を背負わせてよいか」

という判断ではありません。

 

誰が何を担当していたのかを見たうえで、

この司法書士にどこまでの対応を期待することが正当だったのか

を考えることでした。

 

X代表者には約29年の不動産取引経験があった

さらに差戻高裁は、X側の属性も検討しています。

Xは不動産業者です。

その代表者には、長年の不動産取引経験がありました。

判決で認定された経験は約29年です。

 

ここも、

「29年も不動産をやっていたのだから、だまされた方が悪い」

という話ではありません。

 

問題は、

豊富な不動産取引経験を持つ会社が、自ら仲介業者も付け、自分自身も不審事情を認識していた取引において、後件司法書士が自分に代わって前件所有者の本人性まで独自に全面調査してくれると期待することが正当だったのか

です。

その判断要素として、X側の専門性が考慮されました。

 

一般消費者でも同じ結論になるとは限らない

この点から重要なことが分かります。

 

今回のXは、

  • 不動産業者
  • 代表者に長年の取引経験がある
  • 自らの仲介業者がいる
  • 印鑑証明書の問題も認識している

という立場でした。

 

だからといって、

一般の個人買主でも同じように「正当な期待」が否定されるとは限りません。

 

例えば、

不動産売買の経験がほとんどない一般消費者で、他に専門家もおらず、司法書士の説明に大きく依存している。

そのような事案なら、同じ最高裁の判断枠組みを使っても、具体的な評価が変わる可能性があります。

これは今回の判決が直接判断したことではありません。

しかし、最高裁が「総合考慮」を求めた以上、相手方の知識・経験も案件ごとに見る必要があります。

 

司法書士が入った時には、取引の仕組みは既に決まっていた

差戻高裁は、司法書士が関与を始めた時期も重視しました。

 

司法書士が後件申請を受任した時には、

  • 一連の売買契約
  • 前件登記
  • 後件登記
  • 中間省略登記の方法

といった取引の基本構造は既に決まっていました。

 

つまり、この司法書士が、

「このようなスキームで取引しましょう」

と設計したわけではありません。

既に決められた取引について、後件登記を依頼されたのです。

 

取引全体の設計者なのか。

それとも、

既に決まった取引の一部分を担当する専門家なのか。

この違いも、期待される役割を考える材料になります。

 

前件には別の資格者代理人である弁護士がいた

前件登記には、別の資格者代理人である弁護士がいました。

さらに弁護士への委任状には、公証人による認証も付されていました。

 

もちろん、

「弁護士と公証人がいるから後件司法書士は何もしなくてよい」

という意味ではありません。

実際、この事件では司法書士自身が印鑑証明書の異常を指摘しています。

 

ただ、

前件には前件を担当する資格者がおり、公証人による本人確認に関する手続も行われていた。

この状況は、

後件司法書士が前件所有者の本人性についてどこまで独自の調査を引き受けていたのか

を考える重要な背景事情となりました。

 

「前件本人確認まで依頼した」という主張は認められなかった

X側は、

司法書士には前件所有者が本当に本人かどうかまで確認する具体的な依頼があった

と主張しました。

 

司法書士側は否定しました。

 

差戻高裁は、依頼時のメールや関係者の供述などを検討しましたが、

前件登記義務者の本人性について調査する具体的な委任があったとは認めませんでした。

 

このシリーズを第1部から読んでいると、ここで最初のテーマが戻ってきます。

「専門家ならやってくれると思っていた」のか。

それとも、

「実際にその仕事を依頼していた」のか。

専門家責任では、この違いが非常に重要です。

 

前件書類まで預かっていたなら、前件も担当したことになるのか

X側には、もう一つ有力に見える主張がありました。

 

後件司法書士は前件登記の申請書類まで預かり、自分が作成した後件書類と一緒に法務局へ提出しています。

それなら、

前件も確認する役割を引き受けていたのではないか。

という主張です。

 

しかし差戻高裁は、

前件書類を預かったという事実だけから、

前件所有者本人の本人性や前件書類の実体的真正まで独自に調査する業務を受任したとはいえない

と考えました。

 

連件申請を円滑に処理するために書類を預かることと、

その書類について全面的な実質調査を引き受けることは、同じではありません。

 

連件申請だから、前件と後件は「一つの仕事」なのか

これも司法書士実務として非常に興味深い点です。

前件が通らなければ後件も通りません。

その意味では、二つの申請は強く関連しています。

 

しかし差戻高裁は、前件申請と後件申請は、

法律上はそれぞれ別個の登記申請

であることを確認しています。

 

連件申請とは、一定の場合に二つ以上の登記を同時に申請することで、後件で登記識別情報の提供を省略できるなどの手続上の仕組みです。

だからといって、

後件代理人が当然に前件代理人の仕事まで全面的に引き受ける

ことにはなりません。

ここでも結局、問われるのは受任範囲です。

 

それでも司法書士は「おかしい」と気付いていた

ここで、この事件の最も重要な事実に戻ります。

9月7日の会合では、

同じ所有者について生年の違う2通の印鑑証明書が存在しました。

しかも、コピー時の表示にも問題がありました。

司法書士は、これに気付いています。

そして実際に疑問を呈しています。

したがってこの事件は、

司法書士が何も分からず書類を機械的に提出した事件

ではありません。

 

問題を表面化させたのは司法書士だった

司法書士が疑問を指摘した結果、前件側の関係者とX側の仲介業者が、

登記申請までに正式な書類を整える

ことになりました。

つまり、不審事情は司法書士によって関係者に共有されています。

ここが重要です。

 

司法書士は、

「問題ありません」

と保証したわけではありません。

 

反対に、

問題があることを取引の場に出した

のです。

 

X自身も「その人たちが対応する」流れを了承していた

その後の対応は、

前件側の関係者とX側の仲介業者が行うことになりました。

Xの代表者を含む出席者も、その流れを了承しています。

これは「正当な期待」を判断するうえで大きな事情です。

 

司法書士が、

「私がこれから独自に全部調査します」

と引き受けたわけではありません。

 

不審点を司法書士が指摘し、

その後は別の関係者が対応する

という役割分担が、その場で形成されていたのです。

 

その後、仲介業者から「問題はなかった」と報告を受けていた

さらにX代表者は、その後、自らの仲介業者から、

「問題はなかった」

という趣旨の報告を受けていました。

そして決済当日、印鑑証明書の問題が改めて話題にされることなく、取引は進みました。

 

この経過からすると、

Xが、

司法書士がその後も自分のために前件所有者の本人性を独自調査している

と理解していたとは評価しにくくなります。

少なくとも司法書士自身が、そのような役割を引き受けたと示した事情は認められませんでした。

 

「注意喚起」は既にしていた――では、その先まで期待できたのか

第3部で、最高裁の判断を、

気付く
→注意喚起する
→追加調査する
→決済中止を勧告する

という段階に分けて説明しました。

 

今回の差戻審では、この考え方が具体的に当てはまります。

 

司法書士は、

注意喚起までは実際にしていました。

だから問題はその先です。

 

Xは、この司法書士に対して、

さらに独自に前件所有者の本人性を調査し、

その結果次第では、

「この取引は危険なので代金を支払わない方がよい」

と決済中止まで勧告してくれることを、正当に期待できたのでしょうか。

 

差戻高裁の答えは、

本件の具体的事情では、そこまでの期待に正当性は認められない

というものでした。

 

「19番17号」と「19番17」――同じ事実の評価まで変わった

このシリーズで特に興味深いのが、住所の「号」の問題です。

最初の東京高裁は、

正式な住所が、

「19番17号」

であるのに、印鑑証明書等では、

「19番17」

となっていたことについて非常に厳しい評価をしました。

第2部で紹介したとおり、

「詐欺師としてはお粗末な仕事であるが、本件の事情の下では、これに気付かなかった司法書士も不注意」

という趣旨まで述べています。

 

ところが差戻後の東京高裁では、この問題の評価がかなり変わります。

司法書士は住所の数字部分については確認していたことや、住所表記については自治体によって「号」「番地」などの表記方法にも違いがあることなどから、

この点を直ちに明白な不整合の見落としとして強く評価することはできない

という方向になりました。

 

同じ事件。

同じ「号」の一文字。

しかし、最高裁判決を挟むとその法的な重みが変わっている。

非常に興味深いところです。

 

これは単純に、

「最初の高裁が間違っていた」

という話ではありません。

 

最高裁によって、

その司法書士にどのような役割が期待されていたのか

という枠組みが明確になり、その中で個々の不審事情の位置付けも見直されたと考える方が適切でしょう。

 

ベテラン司法書士なら、何でも調べる義務を負うのか

X側は、司法書士が非常に経験豊富だったことも主張しました。

司法書士登録から長い年月が経過し、年間多数の登記申請を扱っていた専門家です。

それならば、

「より細かい異常にも気付くべきだった」

という主張です。

 

しかし差戻高裁は、

経験豊富であることだけから、受任していない前件所有者の本人確認まで当然に業務範囲が広がるとはしませんでした。

 

専門家として経験が豊富であることと、

依頼されてもいない取引全体の安全管理まで自動的に引き受けること

は別です。

もちろん、経験や専門知識が注意義務判断と無関係という意味ではありません。

しかし、専門能力の高さだけで受任範囲が無限定に拡張されるわけではないということです。

 

差戻高裁の結論――Xには「そこまでの正当な期待」はなかった

ここまでの事情をまとめると、差戻高裁の判断が見えてきます。

確かにXは、後件登記について重要な利害関係を持っていました。

司法書士もそれを認識できました。

印鑑証明書には実際に不審な事情がありました。

それでも、

  • Xは司法書士の依頼者ではない
  • Xは司法書士の選任に関与していない
  • Xから司法書士への報酬支払いもない
  • 司法書士の報酬は日当込み14万円の通常の後件登記報酬だった
  • 司法書士が関与する前に取引構造は既に決まっていた
  • 前件には別の資格者代理人である弁護士がいた
  • 公証人による認証も存在した
  • 前件本人性を独自調査する具体的な委任は認められなかった
  • Xは不動産業者であり、代表者には長年の取引経験があった
  • Xには自ら依頼した不動産仲介業者がいた
  • 印鑑証明書の問題は司法書士自身が指摘した
  • その後の対応を別の関係者が行うことをX側も了承した
  • X代表者は仲介業者から問題なしとの報告も受けていた

という事情がありました。

これらを総合して、

司法書士が既に行った注意喚起を超え、さらに前件所有者の本人性を独自に調査し、必要なら決済中止まで勧告することを、Xがこの司法書士に期待することには正当性が認められない

と判断したのです。

結果は、

控訴棄却。

司法書士の損害賠償責任を否定した第一審の結論に戻りました。

 

4つの裁判を並べると、この事件の面白さがよく分かる

ここまでの流れを一気に振り返ってみます。

 

第1審・東京地裁――「役割分担」

前件は弁護士。

後件は司法書士。

前件の本人性・書類真正については前件代理人が第一義的に確認する。

司法書士は不審点も指摘していた。

→司法書士責任なし

 

第一次東京高裁――「知っていた異常」

前件代理人本人と話していない。

印鑑証明書が2通あり、生年が違う。

コピー防止表示にも問題。

新しい証明書も来ない。

そこまで知っていれば、前件側に任せただけでは足りない。

→司法書士3億2400万円

 

最高裁――「その前に役割を確認しなさい」

不審事情があったこと自体は認める。

しかし、不審事情があるだけで追加調査・決済中止義務まで直ちに導くことはできない。

しかもXは司法書士の依頼者ではない。

Xが司法書士からそこまでの対応を受けられると「正当に期待」できたのかを調べる必要がある。

→3億2400万円判決を破棄・差戻し

 

差戻東京高裁――「実際に何を期待できたのか」

14万円の受任内容。

Xの立場と約29年の経験。

X自身の仲介業者。

前件担当弁護士。

公証人。

司法書士自身による注意喚起。

その後の役割分担。

これらを総合すると、

Xが独自調査・決済中止まで司法書士に期待することには正当性がない。

→司法書士責任なし

 

同じ事件について、裁判所が何を重視するかによって結論がこれほど変わりました。

 

実務上重要なのは「14万円」ではなく、役割を明確にしておくこと

この判決から、

「報酬を安くしておけば責任も小さくなる」

という教訓を得るのは間違いです。

 

司法書士実務で重要なのは、

自分は何を依頼されたのか。

そして、

何を依頼されていないのか。

を明確にすることです。

 

さらに複数の専門家が関与する案件では、

  • 誰が本人確認を担当するのか
  • 誰が前件を確認するのか
  • 不審事情が出たとき誰が調査するのか
  • 誰にその問題を伝えたのか
  • その後誰が対応すると決まったのか

を整理しておく必要があります。

 

判決が「必ず書面化しなさい」と命じたわけではありません。

しかし事故防止という実務上の観点からは、

メール、面談記録、本人確認記録、決済記録などに役割分担や注意喚起の経緯を残しておくこと

は非常に重要だと考えます。

 

「責任なし」でも、司法書士が何もしなかった事件ではない

そして、このシリーズを最後まで読むと、もう一つ重要なことが見えてきます。

この司法書士は、何もせずに責任を免れたわけではありません。

印鑑証明書がおかしいと自ら指摘しています。

問題を取引の場に表面化させています。

そして、その後は別の関係者が対応することになりました。

 

差戻高裁が責任を否定したからといって、

「後件司法書士なら前件に怪しい点があっても知らないふりをしてよい」

という結論には全くなりません。

むしろ、この事件から実務上強く感じるのは、

不審点に気付いたら、まずそれを明確に表面化させること。

そのうえで、

誰がその問題を確認するのかを明確にすること。

です。

そこから先にどこまで自分が調査しなければならないかは、受任内容や取引全体の役割分担によって変わってきます。

 

そして、最高裁判決にはもう一つの物語がある

これで、東京地裁、第一次東京高裁、最高裁、差戻東京高裁という4つの民事判決を追う本編は一通りつながりました。

しかし、この最高裁判決には、もう一つ非常に興味深い内容があります。

草野耕一裁判官の個別意見です。

そこで草野裁判官が問題にしたのは、

司法書士だけの話ではありません。

 

そもそも「職業的専門家」とは、誰に専門知識を提供する義務を負う存在なのか。

という根本的な問題です。

弁護士、司法書士、税理士、医師などの専門家は、長期間の学習によって得た専門知識を、報酬を得て依頼者へ提供する職業です。

では、

契約もしていない第三者に、その専門知識を提供しなかったという理由だけで責任を負わせてよいのか。

さらに草野裁判官は、

詐欺だったと分かった後の知識を使って、「当時もっと怪しいと思うべきだった」と専門家の責任を判断する「後知恵」の危険

にも踏み込みます。

これは今回までの多数意見とは別の問題です。

非常に興味深い内容なので、次は特別編として草野耕一裁判官の個別意見を詳しく取り上げます。

 

不動産取引と司法書士の役割

不動産売買では、司法書士に依頼される仕事は案件によって異なります。

 

通常の所有権移転登記なのか。

連件申請なのか。

複数の専門家が関与しているのか。

本人確認や意思確認を誰が担当するのか。

そして、取引途中で不審な事情が出てきた場合、誰がどこまで調査するのか。

 

今回の一連の判決は、専門家責任を単純に、

「見抜けたか、見抜けなかったか」

だけで判断できないことを示しています。

 

重要なのは、

受任範囲、取引への関与、専門家間の役割分担、当事者自身の知識・経験、そして不審事情を知った後の対応

です。

 

 

中野司法書士事務所では、不動産売買の決済、本人確認・意思確認、所有権移転登記、連件申請などの不動産登記業務に対応しています。

東京都杉並区・高円寺駅徒歩1分。司法書士として25年以上の実務経験をもとに、取引関係者それぞれの役割を確認しながら登記手続を進めています。

 

参考判例
東京高等裁判所令和3年8月4日判決
令和2年(ネ)第1255号 損害賠償請求控訴事件

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