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「名前だけの取締役だから責任はない」は通用する?――9032万円の損害賠償事件から学ぶ役員の責任

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「名前だけの取締役だから責任はない」は通用する?――9032万円の損害賠償事件から学ぶ役員の責任

「名前だけの取締役だから責任はない」は通用する?――9032万円の損害賠償事件から学ぶ役員の責任

2026/08/16

「名前だけ取締役になってくれればいい」

「実際の経営には関わらなくていい」

「登記簿に名前を載せるだけだから」

家族経営の会社や知人同士で設立した会社では、このような話が出ることがあります。

しかし、取締役への就任は、単に登記簿に名前を載せるだけのものではありません。

実際に会社の業務をしていなかった取締役や、「会社のことは何も知らなかった」と主張した取締役についても、会社法429条1項による損害賠償責任が認められた裁判があります。

 

今回取り上げるのは、

大阪地方裁判所令和元年8月29日判決
平成31年(ワ)第3277号・損害賠償請求事件

と、その控訴審である、

知的財産高等裁判所令和2年3月25日判決
令和元年(ネ)第10058号・損害賠償請求控訴事件

です。

 

この事件では、一審の大阪地裁が9032万円の損害を認定し、各被告について共同不法行為または会社法429条1項に基づく責任を認めました。控訴した3名についても、知財高裁は一審の判断を維持しています。

ただし、最初に注意しておきたい点があります。
9032万円を「名前だけの取締役1人が単独で負担する」と判断された事件ではありません。

複数の会社や役員が、同じ損害について責任を負う関係にある(不真正連帯債務)と判断されたものであり、名目的な取締役も、その責任を負う者の一人とされた事件です。

では、なぜ実際の販売行為をしていない取締役まで責任を問われたのでしょうか。

 

60代の主婦が購入した「特許権の共有持分」

原告は60歳代の主婦でした。

 

販売の対象となったのは、

  • 地盤強化工法に関する特許
  • ナビゲーション装置に関する特許

の共有持分です。

地盤特許は、2万分の1の持分を1口60万円で販売していました。

単純計算すると、特許全体を約120億円と評価していたことになります。

ナビ特許は10万分の1の持分が1口20万円。

こちらは特許全体で約200億円という計算になります。

 

原告は販売担当者らから、

「特許侵害訴訟に勝てば価値が2倍、3倍になる」

「大手IT企業に1億ドル以上で売れる」

「高額なロイヤリティが得られる」

「必要になれば高値で転売できる」

「平成30年2月には購入額の半額が必ず戻る」

などと説明されました。

そして平成25年から平成29年まで、何度も特許権の共有持分を購入していきます。

支払った金額は、合計8295万円に達しました。

 

地盤特許がうまくいかなくなると、今度はナビ特許へ

この事件で特徴的なのは、一度の販売で終わっていないことです。

地盤特許については、専用実施権の侵害を理由として鹿島建設を相手に訴訟が提起されていました。

東京地裁は請求を棄却し、その後この判決は確定しました。

すると原告に対して、

「地盤特許に払ったお金を無駄にしないため、ナビ特許へ振り替えた方がいい」

という話が持ち掛けられます。

しかも、振替えをするためには、さらにナビ特許を追加購入する必要があると説明されました。

原告はこれに応じ、さらに840万円を支払います。

その後も、「購入額の半額が必ず戻る」などと説明され、さらに2100万円を支払いました。

 

裁判所は「客観的な裏付けがない」と判断

裁判所は、この販売について非常に厳しい判断をしました。

地盤特許を約120億円、ナビ特許を約200億円と評価できるような客観的な証拠はない。

有償のライセンス契約を締結していた実績も認められない。

特許を実施して実際に収益を上げていた証拠もない。

将来、高額で転売できることを裏付ける具体的な証拠もない。

知財高裁は、地盤特許について「必ず勝訴します」と説明していた点についても、そのように言い切るだけの相当な根拠があったとは認めませんでした。

 

さらに、大阪地裁はもう一つ重大な事実を認定しています。

原告が購入したとされる特許権の共有持分について、特許原簿への移転登録がされていなかったのです。

売買による特許権の移転は、原則として特許原簿への登録がなければ効力を生じません。

つまり、原告は8000万円を超える金銭を支払いながら、特許原簿上の共有者にはなっていませんでした。

裁判所は、一連の勧誘について、客観的な裏付けを欠いた虚偽の説明によるものと判断しました。

 

損害額は9032万円

原告が支払った8295万円のうち、後に63万円が返還されました。

そのため、

8295万円-63万円=8232万円

が実際の損害と認定されました。

 

さらに弁護士費用800万円を加え、

合計9032万円

が損害額とされました。

 

ここからが、今回の記事の中心です。

問題となったのは、実際に原告を勧誘した人物だけではありません。

会社の取締役や代表取締役自身の責任も追及されました。

 

なぜ取締役個人まで責任を負うのか――会社法429条

会社法429条1項は、取締役などの役員が職務を行うについて悪意または重大な過失があり、それによって第三者に損害を与えた場合に、役員個人が損害賠償責任を負うことを定めています。

今回の原告は会社の株主ではありません。

特許権の共有持分を購入した、会社外部の第三者です。

重要なのは、会社法429条は、

「取締役本人が直接その人を騙した場合だけ責任を負う」

という制度ではないことです。

取締役自身が販売や勧誘をしていなくても、取締役として果たすべき職務を重大な過失によって怠り、それによって第三者に損害が生じた場合には、個人責任が問題となります。

今回、その点が非常に分かりやすく表れました。

 

ケース1 「会社のことは何も知らない」取締役

まず注目したいのが、ジンムという会社の取締役だったP8です。

P8は裁判で、

  • 約3年前に取締役になることを了承した
  • その後、役員会等は開かれていない
  • 役員報酬も受け取っていない
  • 会社の事業内容を知らない
  • 今回の事件についても全く知らない

と主張しました。

かなり典型的な「名前だけ取締役」です。

普通に考えれば、

「そこまで何も知らないのであれば、責任はないのではないか」

と思うかもしれません。

 

しかし大阪地裁はそう考えませんでした。

裁判所は、

名目上の取締役であっても、代表取締役に対する監視・監督義務を負う

と判断しました。

そしてP8が、

  • 問題について調査しなかった
  • 取締役会を招集しなかった
  • 代表取締役の行為を漫然と許容していた

として、任務懈怠重大な過失を認めました。
なお、ジンムは取締役会設置会社でした。

 

P8は控訴していません。

したがって、このP8について知財高裁が改めて責任を判断したわけではありません。

P8については、大阪地裁で責任が認められ、その判断が控訴されずに確定した

というのが正確な整理です。

 

ケース2 「社長は要注意人物ではなかった」――高裁まで争われた取締役

次に重要なのがP7です。

P7は、ジンムの代表取締役P5の妻であり、同時に会社の取締役でもありました。

P7は、

「事件については何も知らなかった」

と主張しました。

さらに控訴審では、

代表取締役P5は、特別に監督しなければならないような『要注意人物』ではなかった

という趣旨の主張もしました。

これは一見すると分からなくもありません。

問題を起こしそうな社長ならともかく、特に問題があるとは思っていない代表取締役についても監視しなければならないのか、という疑問です。

 

しかし知財高裁は、まずP7が取締役である以上、代表取締役の業務執行が適正に行われるよう監視する義務があるとしました。

そしてP7自身が一審で提出した答弁書を詳しく検討しました。

そこには、約5年前にP5から、

「特許の一部を譲って、その代金がもらえる」

と聞いていたことが記載されていました。

また、鹿島建設との裁判に負けた後は、その説明がなくなったとも書かれていました。

つまり裁判所は、

P7は、代表取締役が特許権の共有持分を第三者に販売していること自体は知っていた

と認定したのです。

そのため、代表取締役の業務を監視することは可能だった。

にもかかわらず、その監視をしなかった。

知財高裁は、この監視義務を怠ったことについて重大な過失があったと判断しました。

なお、P7の一審答弁書には、P5とは別居中であるとの記載もありました。

しかし、高裁は、いつからどのような状態で別居していたのか明らかではなく、それだけでは業務の監視が困難だったとは認めませんでした。

ここで注意したいのは、

「妻だから夫を監視する義務があった」

と判断されたわけではないことです。

責任の根拠は夫婦関係ではありません。

会社の取締役だったことです。

 

ケース3 「実際の仕事は元部下に任せていた」代表取締役

さらに興味深いのが、別会社の代表取締役だったP6です。

P6は元部下から新しい事業をしようと持ち掛けられ、会社を設立して代表取締役になりました。

しかし本人によれば、会社は約1か月後には事実上倒産し、その後の事業には全く関与しておらず、元部下とも連絡を取っていなかったといいます。

つまり、

「自分は実質的には会社を経営していなかった」

という主張です。

 

大阪地裁の判断は厳しいものでした。

名目的な代表取締役にすぎなかったとしても、

それは、代表取締役として会社の業務内容を把握しておくべき任務を怠ったというにすぎない

として、重大な過失を認定しました。

 

P6も控訴していません。

代表取締役に就任しておきながら、

「実際の仕事は他の人に任せていた」

という事情だけで責任を免れるわけではないことを示しています。

 

ケース4 「本当の経営者は別の人だった」代表取締役

日本知財開発という会社でも興味深い事情がありました。

登記上の代表取締役はP2でした。

しかし、裁判所はP11という人物を会社の「実質的経営者」と認定しています。

そこで問題になるのが、

実際に会社を動かしていた人が別にいるなら、登記上の代表取締役は責任を負わないのか

という点です。

 

大阪地裁はこれも認めませんでした。

実質的な経営者がP11だったとしても、

代表取締役P2にはP11の業務を指揮・監督する義務がある

と判断しました。

 

P2はこの判断を不服として控訴しましたが、知財高裁も一審の判断を維持しました。

中小企業では、

「実際には創業者である会長が全部決めている」

「オーナーが会社を動かしていて、私は登記上の社長にすぎない」

といった会社もあります。

しかし、代表取締役として就任している以上、

「実際に経営しているのは別の人です」

というだけで法的責任がなくなるわけではありません。

 

「知らなかった」が、逆に問題になることがある

この事件を通して非常に印象的なのは、

「知らなかった」という言葉の意味が逆転する場合がある

ことです。

 

通常は、

「知らなかったのだから責任はない」

と考えます。

 

しかし取締役や代表取締役には、それぞれ果たすべき職務があります。

代表取締役であるのに、会社が何をしているのか全く知らない。

取締役であるのに、会社の重要な事業を知りながら代表取締役の業務を何年も監視していない。

その場合には、

「知らなかったから責任がない」のではなく、「なぜ取締役なのに知ろうとしなかったのか」

が問題になることがあります。

今回の大阪地裁判決は、そのことを非常に強く示した判決です。

 

ただし「名前だけ取締役なら必ず責任」ではありません

ここは重要です。

今回の判決を、

「名前だけ取締役になったら、会社で何か起きたとき必ず責任を負う」

という意味に理解するのは正確ではありません。

 

会社法429条1項では、役員に悪意または重大な過失があることなどが必要です。

今回の事件も、通常の会社で営業担当者が一度ミスをしたというようなケースではありません。

数年間にわたり、

  • 巨額の評価をした特許持分を販売
  • 利益について客観的根拠のない説明
  • 訴訟がうまくいかなくなると別の特許へ振替え
  • さらに追加購入を勧誘
  • 特許原簿への移転登録もされていない

という異常な状態が継続していました。

 

したがって、この判例から、

「名目的取締役=必ず損害賠償責任」

という結論を出すべきではありません。

 

むしろ重要なのは、

その役員が何を知っていたのか。
何を知ることができたのか。
監視することが可能だったのか。
それにもかかわらず、何をしなかったのか。

という具体的な事情です。

 

特に知財高裁がP7について、単に「名前だけ取締役だから責任」とするのではなく、特許持分の販売を認識していたことや、監視が可能だったことを具体的に検討した点は重要です。

 

「人数合わせだから取締役になって」は軽い話ではない

中小企業では、親族や知人に、

「とりあえず取締役になって」

と頼むことがあります。

 

しかし、

  • 妻や夫だから
  • 親・子・兄弟だから
  • 昔からの友人だから
  • 人数合わせだから
  • 実際には何もしてもらわないから
  • 名前だけ登記するから

という理由で取締役に就任してもらうことは、決して単なる形式ではありません。

 

就任する側も、

「会社には行かないから」

「給料ももらわないから」

「経営には口を出さないから」

という理由だけで、取締役としての法的責任までなくなるわけではありません。

今回の事件では、実際に役員報酬を受け取っておらず、会社の業務内容も知らないと主張した取締役にまで責任が認められています。

 

司法書士から見ても、役員登記は「名前を載せるだけ」ではありません

司法書士が役員変更登記を依頼された場合、法務局に登記申請をして名前を登記簿へ載せること自体は手続の一部分です。

しかし本来大切なのは、

その人がどのような立場の役員になるのか

という点です。

取締役会を設置する会社なのか。

誰が代表取締役になるのか。

実際に会社を経営しているのは誰なのか。

定款や会社の機関設計は実態に合っているのか。

親族を役員にする必要が本当にあるのか。

会社の実態と登記だけが大きく食い違っていないか。

こうした点まで考える必要があります。

 

現在は、取締役会を置かない株式会社であれば、取締役1名でも設立できます。

それにもかかわらず、昔からの慣習や何となくの人数合わせで、実際には会社経営に関与しない人を取締役にしている会社もあります。

役員変更の際は、「誰の名前を登記するか」だけではなく、その人を本当に取締役にする必要があるのかまで考えることが大切です。

 

まとめ――取締役になるということは、会社を他人事にできなくなるということ

今回の裁判で責任を問われた役員たちは、それぞれ事情が違いました。

「会社のことは全く知らなかった」という取締役。

「社長が問題を起こすような人だとは思わなかった」という取締役。

「仕事は他人に任せていた」という代表取締役。

「本当の経営者は別の人だった」という代表取締役。

 

しかし、裁判所はいずれについても、

形式的に役員の名前が登記されているだけだから責任はない

とは考えませんでした。

 

もちろん、役員に就任しただけで会社のあらゆる損害について個人責任を負うわけではありません。

今回も、長期間続いた特殊かつ重大な不正販売事案であり、その具体的事情を踏まえた判断です。

それでも、この判例から読み取れる重要な教訓があります。

「名前だけの取締役」という肩書は、法律上の責任まで「名前だけ」にはしてくれません。

役員になる人も、役員を選ぶ会社も、

「登記簿に名前を載せるだけ」

と考えず、その地位にどのような責任が伴うのかを理解したうえで決めることが重要です。

 

 

中野司法書士事務所では、会社設立、役員変更、定款変更、会社の機関設計など、中小企業の商業登記・会社法務を取り扱っています。

役員構成や会社の仕組みを見直す際には、登記手続だけでなく、現在の会社の実態に合った役員構成になっているかという視点から検討することも大切です。

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