「暴力団員でアルバイト」というニュースから考える―自社の従業員が反社会的勢力だったら?
2026/08/20
ニュースを見ていて、思わず二度見する表現がありました。
「アルバイト従業員で稲川会系暴力団員の男(56)」
福島中央テレビが報じた事件です。
最初に読んだとき、
「暴力団員というアルバイトなのか?」
と思った方もいるかもしれません。
もちろん、そういう意味ではありません。
報道上は、職業が「アルバイト従業員」であり、同時に稲川会系暴力団員でもあるという意味です。何のアルバイトをしていたのか、勤務先がどこなのかまでは報道されていません。
しかし、ここで一つ疑問が生じます。
現役の暴力団員が、一般社会で普通にアルバイトをしていることがあるのでしょうか。
そして会社経営者にとっては、もっと現実的な問題があります。
もし、そのアルバイト先が自分の会社だったら、どうすればよいのでしょうか。
今回はこのニュースを入口に、中小企業の採用、就業規則、経歴詐称、反社会的勢力への対応について考えてみます。
暴力団員は「組から給料をもらう会社員」ではない
暴力団というと、組織に所属していれば、その組織から毎月給料をもらって生活しているようなイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、警察庁の資料を見ると、そのような一般企業の給与体系とはかなり違う構造が分かります。
警察庁は、暴力団では、構成員から所属組織へ、また下位組織から上位組織へ、「会費」等の名目で定期的に金銭を納める上納金制度が広く定着していると説明しています。
つまり、
組織 → 構成員へ給与
という一方向だけで考えるより、
構成員・下位組織 → 上位組織へ上納金
という流れも存在するわけです。
現在の警察庁資料でも、暴力団の資金獲得活動として、覚醒剤の密売、みかじめ料、恐喝・強要、強盗、窃盗、詐欺などが挙げられ、近年は特殊詐欺も有力な資金源の一つになっているとされています。また、暴力団関係企業などを利用して、一般の経済取引を装った資金獲得犯罪も行われています。
ですから、現役暴力団員について「アルバイト従業員」という職業が報道されても、それ自体が矛盾しているわけではありません。
ただし、今回の記事で考えたいのは暴力団員の生活事情ではありません。
問題はここからです。
もし、この「アルバイト先」があなたの会社だったら?
少し想像してみてください。
あなたの会社にアルバイト従業員がいる。
遅刻もしない。
無断欠勤もしない。
仕事ぶりにも特に問題はない。
ところが、ある日ニュースを見ていると、その従業員が、
「暴力団員の男を逮捕」
として報道されている。
社長としては、
「明日からもう来なくていい」
と言いたくなるかもしれません。
しかし、労働法上は、それだけで話が終わるほど単純ではありません。
現在の労働契約法15条は、懲戒について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効としています。
同法16条も、解雇について同様に、客観的合理性と社会通念上の相当性を要求しています。
つまり、
「暴力団員だと分かった。だから即日、懲戒解雇」
と機械的に処理できるとは限りません。
会社がどのような就業規則を置いていたのか。
採用時に何を確認したのか。
本人が何を回答したのか。
会社や職場への具体的な影響はどうか。
そうした事情を検討する必要があります。
ここで参考になるのが、経歴詐称について最高裁まで争われた炭研精工事件です。
30年以上前なのに、今も「労働判例百選」に載っている判例
炭研精工事件は、暴力団員を解雇した事件ではありません。
ここは最初にはっきりさせておきます。
この判例を、
「暴力団員なら解雇できると最高裁が認めた判例」
として使うことはできません。
ただし、採用時に従業員が何を申告しなければならないのか、経歴詐称とは何か、会社が採用時に何を確認していたのかという問題を考えるうえでは、非常に参考になります。
事件では、旋盤工として採用された労働者が、実際には大学を中退していたにもかかわらず、高校卒業としていました。
また、履歴書には「賞罰なし」と記載していましたが、採用時には成田空港反対闘争に関する2件の刑事事件で逮捕・勾留された後、保釈中で、公判が続いていました。
その後、入社後に2件についてそれぞれ懲役刑の有罪判決が確定します。
会社は後にこれらの事情を知り、懲戒解雇しました。
東京地裁、東京高裁を経て、最高裁平成3年9月19日判決で解雇有効の結論が確定しています。
平成3年、つまり30年以上前の判例です。
しかし、この事件はその後も「経歴詐称」の基本判例として扱われ、『労働判例百選』第9版、第10版にも継続して掲載されています。
現在は当時存在しなかった労働契約法が制定され、懲戒・解雇について客観的合理性や社会通念上の相当性を求める枠組みが明文化されています。その意味でも、古い判例だから現在とは全く関係がない、というものではありません。
この判例の面白いところは「何を聞いたか」
今回のテーマとの関係で特に興味深いのは、東京高裁の判断です。
高裁は、雇用関係を、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係と捉えました。
そして会社が採用時に、労働力の評価だけでなく、
- 企業や職場への適応性
- 貢献意欲
- 企業の信用保持
- 企業秩序の維持
などに関係する事項について、必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は真実を告知すべき義務を負う、という考え方を示しています。
これだけ読むと、
「では、会社にとって重要なことは全部本人が言わなければならないのか」
と思うかもしれません。
ところが、この判決はそこにもきちんと線を引いています。
聞かれていないことまで、自分から言う義務があるとは限らない
第一審の東京地裁は、採用時に刑事事件の公判係属中であったことを告げなかった点についても、経歴詐称に含めました。
ところが東京高裁は、この部分を修正しています。
高裁は、履歴書の「賞罰」の「罰」とは一般的には確定した有罪判決を意味するとしました。
採用当時はまだ裁判中ですから、「賞罰なし」と回答したこと自体が直ちに虚偽になるわけではない。
そして、公判係属中であることについて会社から具体的な質問を受けていなかった以上、労働者が自ら積極的に申告する義務まではなかったと判断しました。
これは会社経営者にとって、かなり考えさせられる判断だと思います。
「うちは反社お断り」は、頭の中で思っているだけでよいのか
ここから先は、炭研精工事件が直接判断した内容ではなく、今回の反社問題に当てはめて考える話です。
社長が、
「暴力団員なんて採用しないのは当たり前だ」
と思っていたとします。
しかし、採用時には反社会的勢力について何も確認していない。
就業規則にも何も書いていない。
本人から誓約も取っていない。
その状態で、数年後に暴力団員であることが判明した場合、
「なぜ入社するときに言わなかったんだ」
というだけで経歴詐称になるとは限りません。
一方で、会社が採用時から反社会的勢力との関係を重要な問題として扱い、適切な方法で確認しており、それに対して本人が事実と異なる回答をしていたのであれば、事情は違ってきます。
だからといって、
「反社誓約書さえ取れば、必ず懲戒解雇できる」
という意味ではありません。
炭研精工事件自体、会社が主張した懲戒事由のすべてが認められたわけではなく、裁判所は一つ一つについて具体的に判断しています。
最高裁も、2回にわたる懲役刑と採用時の学歴詐称が就業規則上の懲戒解雇事由に該当することを前提に、本人のその他の言動を情状として考慮した高裁判断を是認したものです。
「一つ嘘があったから即解雇」という判例ではありません。
だからこそ、採用前と就業規則が大切になる
問題が発覚してから、
「どうやって辞めてもらおう」
と考えるよりも、その前の仕組みを考えておくことが会社にとっては大切です。
例えば、
- 採用時に反社会的勢力への該当性をどのように確認するのか
- 必要に応じてどのような誓約を求めるのか
- 就業規則に反社会的勢力との関係についてどのような規定を置くのか
- 採用後に問題が判明した場合の社内対応をどうするのか
- 噂だけで判断せず、事実確認をどう行うのか
といったことです。
政府も「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の中で、反社会的勢力との関係遮断について、社会的責任だけでなく、従業員や株主を含めた企業自身を守る「企業防衛」の観点からも必要不可欠と位置付けています。
問題が現実化してから考えるのではなく、会社のルールとしてあらかじめ考えておく。
これも一つの企業防衛です。
ただし「反社チェックなら何でも調べてよい」わけでもない
ここでも注意が必要です。
会社にとって反社会的勢力との関係遮断が重要だからといって、応募者について何でも自由に調査できるわけではありません。
厚生労働省は、公正な採用選考について、採用は本人の適性・能力を基本として行うべきものとし、本籍・出生地、家族、生活環境、宗教、支持政党、思想・信条、労働組合や社会運動などを把握することは、就職差別につながるおそれがあるとして注意を求めています。
「身元調査」についても同様です。
『労働判例百選』第9版・第10版の炭研精工事件の解説でも、使用者の質問・調査について、プライバシーや個人情報、公正採用との関係から無制限ではないことが論じられています。
つまり会社としては、
反社対策をしなければならない。
しかし、「反社対策」という名前を付ければ何を調べてもよいわけでもない。
この両方を考える必要があります。
実際に従業員が暴力団員だと判明したら
ここまで読んで、
「では、実際に分かったらどうすればよいのか」
と思われるかもしれません。
まず避けたいのは、噂や曖昧な情報だけを根拠に、感情的に懲戒処分を決めてしまうことです。
事実関係を確認し、
- 採用時の申告内容
- 誓約書
- 就業規則
- 本人の現在の状況
- 職務内容
- 会社や取引先への影響
などを整理したうえで対応を検討することになります。
反社会的勢力との関係が実際に問題になっているのであれば、会社だけで抱え込まず、弁護士、警察、暴力追放運動推進センターなどの専門機関との連携も検討すべきでしょう。
懲戒・解雇そのものについては個別事情によって結論が変わるため、必要に応じて労働法に詳しい弁護士や社会保険労務士への相談が必要になります。
会社法務は「登記をすること」だけではありません
司法書士の会社業務というと、
会社設立、役員変更、商号変更、本店移転、増資などの商業登記を思い浮かべる方が多いと思います。
もちろん、それらは重要な仕事です。
しかし会社を運営していくうえでは、
誰を役員にするのか。
誰を雇うのか。
誰と取引するのか。
どのようなルールを会社の中に作っておくのか。
という問題も、会社を守るためには欠かせません。
今回のニュースも、最初は、
「暴力団員でアルバイトって、どういう意味だ?」
という素朴な疑問でした。
ところが少し掘り下げてみると、
自社では採用時に何を確認しているだろう。
就業規則はどうなっているだろう。
もし本当に問題が発覚したら、会社は冷静に対応できるだろうか。
という会社法務・企業防衛の問題につながってきます。
ニュースの中の少し変わった肩書きが、自社のリスク管理を見直すきっかけになることもあります。
※本記事は一般的な法制度・裁判例を紹介するものであり、個別の従業員について懲戒・解雇が可能かどうかを判断するものではありません。具体的な事案では、就業規則、雇用形態、採用時の経緯その他の事情によって結論が異なります。
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