売買を合意解除して名義を戻したのに、なぜ不動産取得税の「取得」になるのか【合意解除・錯誤取消・1回】
2026/10/04
不動産を売買して所有権移転登記までしたものの、その後、事情が変わって売買を取りやめ、登記も元の所有者名義に戻すことがあります。
このような場合、
「結局、売買はなかったことにして、登記も元に戻したのだから、不動産取得税もかからないのではないか」
と考える方もいると思います。
しかし、不動産取得税については、それほど単純ではありません。
最高裁は、いったん有効に所有権が移転した後に売買契約を解除して元の売主に所有権が戻った場合、その所有権の回復も、不動産取得税の対象となる「不動産の取得」に当たるという考え方を示しています。
しかも、これは「売買代金まで支払い、取引が完了した後に合意解除した」という場合だけの話ではありません。
買主が売買代金を支払えず、当初想定していた目的も達成されないまま契約を解除した事案でも、最終的に最高裁は売主への所有権の回復を「不動産の取得」に当たると判断しています。 【昭和48年11月 2日 最高裁第二小法廷 昭45(行ツ)54号】
今回は、不動産取得税と合意解除の関係について、最高裁まで争われた実際の裁判例を見ていきます。
なお、ここで扱うのは、解除による所有権の回復が地方税法上の「不動産の取得」に当たるかという問題です。個別の非課税措置や減免などが適用されるかは別の問題です。
不動産取得税は「登記を元に戻せば消える税金」ではない
不動産取得税は、地方税法73条の2に基づき、「不動産の取得」に対して課される税金です。
この「取得」を考えるうえで重要になるのが、不動産取得税が「流通税」と位置付けられていることです。
最高裁判例では、不動産取得税について、取得者がその不動産から実際にどれだけ経済的利益を得たかではなく、不動産の所有権が移転したという事実そのものに着目する税と考えられています。
そのため、
売主 → 買主
と一度有効に所有権が移転し、その後、契約を解除して、
買主 → 元の売主
へ所有権が戻った場合には、後者についても「不動産の取得」が問題になります。
最高裁昭和48年11月2日判決(昭和42年(行ツ)第58号)は、売買契約の合意解除によって売主が所有権を回復した場合について、その所有権の回復も地方税法73条の2第1項の「不動産の取得」に当たると判断しています。
ここで大切なのは、
「登記を抹消したから課税される」
ということではありません。
問題は登記の外形だけではなく、その前に、本当に所有権が買主へ移っていたのかです。
この違いは次回、詳しく取り上げます。
判例で使われる「経過的事実」という考え方
この問題を理解するうえで重要なのが、
「経過的事実」
という考え方です。
髙橋祐介教授の「裁判例からみた不動産取得税の構造と問題」は、最高裁昭和48年11月2日判決(裁判集民事110号399頁)について、「不動産の取得」を所有権の得喪に関する法律効果だけからではなく、その経過的事実に即して捉えた判例と整理しています。
同論文によれば、一度買主へ所有権が移り、その後、合意解除によって売主へ戻った場合には、その経過をみれば、所有権が買主から売主へ再び移転したものとして「取得」に当たる、という考え方です。
少し分かりやすく考えてみます。
売買契約を解除すると、当事者間では契約関係を元に戻すための法律関係が生じます。
そこで、
「解除によって元に戻ったのだから、最初から売買がなかったのと同じではないか」
と思いたくなります。
しかし、不動産取得税では、
「一度、本当に買主へ所有権が移った」という事実まで、後の解除によってなかったことになるのか
を別に考えます。
一度有効に所有権が移り、その後、解除によって元の所有者へ戻った場合と、そもそも所有権が一度も移っていなかった場合とは同じではありません。
この区別が、今回の連載を通じて重要になります。
「代金を払っていないなら取得していないのでは?」――最高裁まで争われた事件
この問題を非常に分かりやすく示しているのが、最高裁昭和48年11月2日判決(昭和45年(行ツ)第54号・裁判集民事110号399頁)です。
この事件は、第一審の神戸地裁、控訴審の大阪高裁を経て、最高裁まで争われました。
事案を簡略化すると、次のようなものでした。
売主は、自らが代表取締役を務める会社に土地を売却しました。
売買契約を締結し、会社への所有権移転登記も済ませています。
この売買には、借地人との明渡し交渉を進めるための便宜という事情もありましたが、単に登記名義だけを会社へ移したものではなく、裁判所は、真実に所有権を移転し、代金を授受する意思で行われた売買と認定しています。
ところが、会社は売買代金を支払える見込みが立たなくなり、借地人との交渉も進みませんでした。
そこで売主が土地の返還を求め、当事者は売買契約を合意解除し、所有権移転登記も抹消しました。【 昭和45年 2月23日 大阪高裁 昭44(行コ)44号】
つまり、
契約した
→ 所有権を移転して登記した
→ しかし代金を支払えない
→ 当初想定していた目的もうまくいかない
→ 合意解除して元に戻した
という事案です。
一般的な感覚からすると、
「代金を払っていないのだから、本当に不動産を取得したとまでいえるのか」
という疑問が出てきます。
実際、この事件では第一審と控訴審で判断が分かれました。
第一審の神戸地裁は、売主への復帰を「取得」としなかった
第一審の神戸地裁は、最初の売買そのものが仮装だったとは判断していません。
売買は真正に成立し、買主である会社へ所有権も移転したと認定しています。
そのうえで、売買代金が支払われず、契約の履行が完了せず、契約の目的も達成されないまま解除された場合については、解除による所有権の復帰を、通常の新たな所有権取得とは区別しました。
そして、この事案では、売主への所有権の復帰は地方税法73条の2の「不動産の取得」には当たらないと判断しました。【 昭和44年 9月17日 神戸地裁 昭43(行ウ)11号】
この考え方は、感覚的には理解しやすいところがあります。
売買代金も払われていない。
予定していた取引目的も達成していない。
結局、土地は元の所有者へ戻った。
それなら、「売主がもう一度不動産を取得した」と考える必要まであるのか、という問題です。
しかし、この判断は大阪高裁で覆されました。
大阪高裁――「代金未払い」と「所有権を取得していない」は同じではない
大阪高裁は、まず最初の売買の実体を確認しました。
裁判所が認定したのは、この売買が単なる名義変更ではなく、
真実に所有権を移転し、代金を授受する意思で締結された売買だった
ということです。
そして、代金が未払いであるという一事だけで、所有権がまだ売主に留保されているとはいえないとしました。
本件では所有権移転登記も済んでいたことなどから、買主である会社へ所有権が移転していたと判断しています。 【昭和45年 2月23日 大阪高裁 昭44(行コ)44号】
つまり、この事件から読み取れる一つのポイントは、
「代金が未払いであること」と「買主が所有権を取得していないこと」は同じではない
ということです。
もちろん、これはこの事件で認定された売買契約と所有権移転についての判断です。
単に所有権移転登記がされていれば、どのような場合でも実体的な所有権移転がある、という意味ではありません。
合意解除をしても「すべてが白紙にもどるわけではない」
さらに大阪高裁は、合意解除について重要な判断を示しました。
裁判所は、本件の合意解除が、売買契約を遡及的に消滅させようとする趣旨のものであること自体は認めています。
その一方で、
「すべてが白紙にもどるわけではない」
としました。
既に買主へ土地所有権が移転し、不動産取得税の課税要件が満たされたという事実まで、後の合意解除によって除去することはできない、という考え方です。
また、合意解除を原因として所有権移転登記が抹消されたことについても、
最初から実体に合わない登記を訂正したものではなく、合意解除という新たな法律上の出来事が生じたために登記を戻したもの
と判断しています。 【昭和45年 2月23日 大阪高裁 昭44(行コ)44号】
この区別は非常に重要です。
最初から所有権が移っていなかった場合
登記上は所有権が移ったように見えても、実体上は所有権が移っていない。
一度、本当に所有権が移った後に解除した場合
一度生じた所有権移転の後に、解除という新たな事情によって所有権を元へ戻す。
外から見れば、どちらも最後は「元の名義に戻った」ように見えます。
しかし、法律関係は同じではありません。
最高裁――合意解除でも解除権の行使でも「不動産の取得」に当たる
この事件は最高裁まで争われました。
最高裁昭和48年11月2日判決は、売買契約の解除による売主の所有権回復について、
合意による解除であるか、解除権の行使によるものであるかにかかわらず、地方税法73条の2第1項の「不動産の取得」に当たる
と判断しました。 【昭和48年11月 2日 最高裁第二小法廷 昭45(行ツ)54号】
したがって、
「双方で話し合ってやめた合意解除だから取得になるのであって、契約違反等を理由に解除権を行使した場合なら別だ」
という単純な区別もできません。
一度有効に買主へ移った所有権が解除によって売主へ戻る場合について、その売主の所有権回復も「不動産の取得」に当たる。
これが、最高裁が示した重要なルールです。
「元に戻った」と「最初から移っていなかった」は同じではない
ここまでの裁判例から、第1回で最も重要なのはこの点です。
「元の所有者名義に戻った」ことと、「最初から所有権が移っていなかった」ことは違います。
有効な売買によって、
A → B
と所有権が移り、その後、解除によって、
B → A
と戻った場合。
不動産取得税では、この所有権移転の経過を無視することはできません。
これに対して、
そもそもAからBへ実体的な所有権移転が生じていなかった場合まで、同じなのでしょうか。
そこは別の問題です。
実際、所有権移転登記がされていたにもかかわらず、実体上は所有権を取得していなかったとして、不動産取得税上の「取得」が否定された裁判例もあります。
したがって、
「所有権移転登記が一度入ったら、必ず不動産取得税上の『取得』になる」
ということでもありません。
重要なのは、登記の外形だけではなく、
実体として所有権が一度移ったのか
ということです。
この点は次回、浦和地裁昭和60年判決、東京地裁平成3年判決などを取り上げて詳しく見ていきます。
「合意解除だと課税されるから、別の登記原因に」はならない
ここでもう一つ、実務上注意したいことがあります。
合意解除による所有権の回復が不動産取得税上の「取得」になることを知ると、
「それなら、合意解除ではなく別の登記原因にすればよいのではないか」
と考える方がいます。
しかし、登記原因は税金を見て自由に選択するものではありません。
実際の法律関係が合意解除なのであれば、それを前提に登記を考える必要があります。
錯誤が問題になるのであれば、本当に法律上の錯誤が成立する事実関係なのかを検討しなければなりません。
そして、そもそも当初から所有権移転の実体がなかったのであれば、その事実関係を前提に登記を考えることになります。
先に「税金の負担が軽くなりそうな登記原因」を選び、後から事実関係をそれに合わせるという順番ではありません。
平成26年8月26日の東京地裁判決(平成26年(行ウ)第40号)は、この点を考えるうえで興味深い事案です。
この事件では、売買代金が支払われ、売買による所有権移転登記までされた後、その登記が「錯誤」を原因として抹消されました。
しかし裁判所は、当時の民法95条による錯誤無効を認めませんでした。
そして、当事者が所有名義を買主から元の売主へ戻すための便法として「錯誤」を原因とする抹消登記の形式を採ったにすぎず、売買をなかったことにする当事者間の合意は、法的には合意解除であると判断しました。その結果、元売主による所有権の回復は不動産取得税上の「取得」に当たるとされています。
もっとも、この東京地裁判決は、
契約に原始的な瑕疵があり、当初から所有権移転の効果が生じていないような場合
まで、同じように扱うとはしていません。
そのような場合には所有権の「復帰」自体を観念できないとして、別の場合であることを明示しています。【 平成26年 8月26日 東京地裁 平26(行ウ)40号】
この違いが、これからの連載で重要になります。
第1回の結論――「元に戻したから、最初からゼロ」ではない
売買契約を解除して所有権移転登記を抹消し、元の所有者名義に戻したとしても、それだけで不動産取得税上も「最初から何もなかった」ことになるわけではありません。
最高裁判例では、
有効な売買によって一度買主へ所有権が移転したのであれば、その後の解除によって元売主へ所有権が戻ることも「不動産の取得」に当たる
とされています。
しかも、売買代金が未払いで、当初想定されていた目的も達成されないまま解除された事案でも、最高裁の結論は変わりませんでした。
一方で、
そもそも最初から実体的な所有権移転がなかった場合
まで同じではありません。
次回は、
「所有権移転登記があれば必ず『取得』なのか――登記と実体は別」
という問題を、所有権移転登記が存在したにもかかわらず「不動産の取得」が否定された裁判例から詳しく見ていきます。
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