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本人確認をしていたのに2億円超の賠償責任――地面師事件で司法書士の責任が一審と高裁で逆転した理由

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本人確認をしていたのに2億円超の賠償責任――地面師事件で司法書士の責任が一審と高裁で逆転した理由

本人確認をしていたのに2億円超の賠償責任――地面師事件で司法書士の責任が一審と高裁で逆転した理由

2026/07/30

不動産売買の決済では、司法書士が売主本人と面談し、運転免許証や印鑑証明書を確認したうえで、所有権移転登記を申請します。

では、司法書士が実際に本人と面談し、複数の本人確認書類を確認し、書類相互の記載まで照合していたにもかかわらず、その人物が「成りすまし」だった場合、司法書士は損害賠償責任を負うのでしょうか。

 

今回取り上げるのは、東京都内の土地取引をめぐる、いわゆる地面師事件です。

この事件では、司法書士に対する損害賠償請求について、

東京地裁は司法書士の責任を否定しました。

 

ところが控訴審の東京高裁は、その判断を覆し、司法書士に対して2億2443万0863円という巨額の損害賠償責任を認めました。

 

重要なのは、この司法書士が「本人確認を何もしていなかった」わけではないことです。

むしろ、相応の本人確認をしていました。

それでも、なぜ高裁では責任を認められたのでしょうか。

地裁と高裁の判断を比較すると、司法書士の本人確認業務が単に身分証明書を見るだけの仕事ではないことがよく分かります。

今回は、地面師事件を扱う3回シリーズの第1回として、この「一審と高裁で判断が逆転した理由」を詳しく見ていきます。

 

事件の概要――約2億円で土地を購入したものの、売主は別人だった

問題となったのは、東京都文京区にある土地です。

登記上の所有者は、鹿児島市に本店を置く特例有限会社でした。

取引は少し複雑で、まず中間会社がこの土地を1億5000万円で取得し、その後、買主会社が中間会社から2億円で購入するという形になっていました。

登記については、中間会社を経由せず、元の所有会社から最終的な買主会社へ直接所有権を移転する、いわゆる「新中間省略登記」の方法が採られています。

 

ところが、売主会社の代表者として取引に現れた女性は、実際の代表者ではありませんでした。

運転免許証、健康保険証、印鑑登録証明書、法人の印鑑証明書なども偽造されたものでした。

 

所有権移転登記はいったん完了しましたが、その後、真の所有会社が土地を売却した事実はないとして、買主会社に対して登記の抹消を求める裁判を起こしました。

東京地裁は、真の代表者の名を騙った人物が関与した取引であり、実体的な権利変動は生じていないと判断し、買主会社に所有権移転登記の抹消を命じました。

買主会社は、代金を支払い、登記まで受けたにもかかわらず、土地を取得することができなかったのです。

そこで買主会社は、中間会社だけでなく、登記を担当した司法書士に対しても損害賠償を求めました。

 

この司法書士は「何も確認していなかった」のではない

この事件を、

「司法書士が本人確認を怠り、偽物を本物だと思って登記してしまった事件」

と説明してしまうと、判決の重要な部分を見落とします。

司法書士は、実際にはかなりの確認をしていました。

 

最初に売主役の女性と会った際には、女性が健康保険証しか持っていなかったため、その場で本人確認を完了させていません。

後日、改めて面談しています。

 

その際には、

 

  • 運転免許証
  • 健康保険証
  • 個人の印鑑登録証明書

 

の提示を受けています。

 

さらに、法人の印鑑証明書についても確認し、代表者の住所、氏名、生年月日と、運転免許証や健康保険証の記載を照合して、内容に食い違いがないことを確認していました。

司法書士は売主役と直接面談し、土地を売却する経緯等についても話を聞いています。

また、土地の利用状況についての説明も受けていました。

 

登記識別情報、いわゆる権利証に代わる情報を紛失したという説明を受けたため、司法書士は不動産登記法に基づく「本人確認情報」を作成しています。

さらに、買主会社自身も、売主役が持っていた身分証明書や関係資料一式の提示を求め、内容を精査していました。

それでも、買主会社も成りすましを見抜けませんでした。

司法書士が提出した書類を審査した登記官も偽造を見抜けず、所有権移転登記は実際に完了しています。

このような事案だったからこそ、一審の東京地裁は司法書士の責任を否定しました。

 

一審の東京地裁――司法書士には「高度の注意義務」がある

東京地裁は、司法書士の本人確認を軽く考えたわけではありません。

判決では、司法書士制度が登記手続の適正かつ円滑な実施を通じて国民の権利保護に寄与するものであり、司法書士が高度な公共的役割と職責を担っていることを指摘しています。

特に本件では、登記識別情報がありません。

このような場合、資格者代理人である司法書士が本人確認情報を作成して登記申請をすると、通常の事前通知を経ることなく登記手続を進めることができます。

本人確認を誤れば、真の所有者だけでなく、買主にも重大な損害を与える可能性があります。

そのため東京地裁は、本人確認情報を作成する司法書士には高度の注意義務が課せられるとしました。

ここまでは非常に厳しい判断です。

しかし、それでも東京地裁は、本件司法書士について注意義務違反を認めませんでした。

 

なぜ一審では司法書士の責任が否定されたのか

一審が特に重視したのは、偽造書類の精巧さです。

 

売主役が提示した運転免許証は、後に真の代表者の免許証と比較すれば、生年月日も顔写真も違います。

しかし、司法書士が本人確認をした時点では、目の前にいる売主役と、提示された偽造免許証の写真は当然一致しています。

その免許証そのものの外観や記載内容には、明らかな不自然さがありませんでした。

 

健康保険証や個人の印鑑登録証明書についても同様です。

 

法人の印鑑証明書については、別の司法書士が後に、

「全体の色味が黒っぽい」
「文字にかすれがある」
「透かし模様がおかしい」

などの点を指摘していました。

 

しかし、一審は、買主会社自身が書類を精査しても偽造に気付かず、登記官も見抜けなかったことから、この印鑑証明書も極めて精巧な偽造だったと評価しています。

 

そして、

 

「発行元に問い合わせれば偽造だと分かった」
「会社の本店へ電話すれば分かった」
「郵便を送れば分かった」

 

という買主側の主張についても、事故が起きた後から考えればそのような確認方法はいくらでも挙げられるとして、結果論になり得ると考えました。

 

司法書士には慎重な本人確認が求められる一方、依頼を受けた登記申請を迅速に処理することも求められます。

すべての案件について、あらゆる官公署への照会や本店訪問、郵便確認まで義務付けるのは相当ではない。

これが一審の考え方でした。

 

実務を考えると、この判断にも理解できるところがあります。

本人確認の事故が起きた後で、

「あれも確認すればよかった」
「これも確認できたはずだ」

ということは容易です。

しかし、その確認をすべての正常な取引で毎回行うとすれば、不動産取引そのものが進まなくなる可能性があります。

 

それでも一審が「気付くべきだった」と指摘した書類

一審でも、司法書士の対応について一つ明確な疑問を指摘しています。

売主会社は「特例有限会社」でした。

特例有限会社には、会社法上の取締役会を置くことができません。

ところが、本件では、土地の売却を取締役会で承認したという内容の「取締役会議事録」の写しが提出されていました。

司法書士は商業登記・会社法の専門家でもあります。

 

一審も、

この会社には取締役会が存在しないのだから、司法書士であれば不自然さに気付き、なぜこのような議事録が作られたのかを詳しく聞くことが望ましかった

という趣旨の指摘をしています。

 

もっとも、一審は、この一点だけをもって注意義務違反とまでは認めませんでした。

 

ここは司法書士実務として非常に興味深い部分です。

本人確認というと、免許証や印鑑証明書を見る作業を想像しがちです。

しかし、会社が売主であれば、その会社の組織や機関設計についての知識も、本人確認や意思確認の材料になることがあります。

司法書士の専門知識は、登記申請書を作るためだけに使われるものではありません。

 

高裁で判断が逆転――「書類」だけではなく「取引全体」を見る

買主会社は控訴しました。

東京高裁は、一審の判断を覆し、司法書士の注意義務違反を認めました。

 

ここで重要なのは、高裁も、

「本人確認情報を作成する司法書士は、どの事件でも法令上要求される確認以上の調査をしなければならない」

と判断したわけではないことです。

 

高裁の考え方も、原則としては、法令所定の本人確認を行えば足りるというものです。

 

ただし、

依頼を受けた経緯、業務を進める中で得た情報、司法書士の専門的知見などからみて、目の前の人物が真の登記名義人であることを疑うに足りる事情がある場合には、さらに確認する必要がある

としました。

 

つまり問題は、

「免許証を確認したか」

だけではありません。

 

司法書士が取引の中で知ったすべての情報を合わせたとき、

通常の本人確認だけで終わってよい案件だったのか

ということです。

 

高裁が重視した複数の「不自然な事情」

高裁が指摘した事情を見ていくと、その考え方がよく分かります。

 

鹿児島の小規模な会社が東京の高額土地を無担保で所有していた

売主会社は鹿児島市に本店を置く、資本金300万円の特例有限会社でした。

その会社が東京都文京区の、1億円から2億円程度の価値がある土地を、抵当権等の負担がない状態で所有していました。

もちろん、この事実だけで成りすましを疑う理由にはなりません。

高裁も、それだけで異常だとしたわけではありません。

ただし、他の事情と組み合わせた場合には、取引を慎重に見る材料になると評価しました。

 

「休眠会社」と「駐車場経営」が矛盾していた

売主役は、会社について「休眠会社」であるという説明をしていました。

一方、土地は駐車場として貸し出され、賃料収入がありました。

会社が実際に収益を得ているのに「休眠会社」と説明している。

高裁は、この説明の食い違いを不自然な事情の一つとして捉えています。

 

法人の土地代金を代表者個人の口座へ送金

さらに、法人所有の土地を売却するにもかかわらず、売主役は売買代金の送金先として、会社名義ではなく代表者個人名義の預金口座を指定しました。

法人の財産を売却した代金を代表者個人の口座へ入金することは、通常の会社取引としては慎重に確認すべき事情です。

高裁は、代表者が会社財産を横領する可能性さえ想起させる行動だと評価しています。

また、鹿児島市に本店を置く会社が指定した口座としては、通常想定される鹿児島県内の地方銀行、信用金庫等ではない金融機関だったことも、不自然さを増す事情とされました。

 

5000万円の着金確認前に登記書類を渡した

決済当日、残代金1億円のうち5000万円はインターネットバンキングで送金できました。

しかし、残りの5000万円については銀行窓口から振り込むことになりました。

ところが売主役は、銀行へ同行しませんでした。

それだけではありません。

まだ残り5000万円の入金を確認していない段階で、所有権移転登記に必要な書類を司法書士へ預けています。

真の土地所有者であれば、代金5000万円を受け取れないまま所有権登記だけを失う危険があります。

高裁は、この行動も不自然だと判断しました。

 

登記識別情報を紛失した理由が曖昧だった

土地の登記識別情報について、売主役は、

「書類をどこにしまったか分からなくなり、なくしてしまった」

という趣旨の説明をしていました。

しかし、その土地は法人が所有する高額な不動産であり、駐車場として利用されていました。

高裁は、このような重要書類を紛失したという説明にも疑問を持つ余地があったと評価しています。

 

鹿児島で当日発行された証明書が、その日の午後には東京にあった

本人確認に使用された個人の印鑑登録証明書は、その日を発行日とするものでした。

鹿児島市で当日取得された証明書が、同じ日の午後には東京で提示されていたことになります。

物理的に絶対不可能とまではいえません。

しかし、高裁は、時間的には相当に厳しく、証明書の真正を疑う一つの材料になり得ると考えました。

 

一つ一つなら説明できても、「全部重なったら」どうするか

ここが、この判決で最も重要なところだと思います。

今挙げた事情は、一つだけを取り上げれば、必ずしも成りすましを意味するものではありません。

地方の会社が東京に土地を持っていることもあります。

会社の代金を代表者の個人口座に送る事情がある場合もあるかもしれません。

権利証を紛失する人もいます。

売主が銀行に同行しないこともあり得ます。

同日発行の証明書を遠方で提示できる場合もあります。

問題は、一つ一つを個別に説明できるかどうかではありません。

複数の不自然な事情が同時に重なったとき、それでも通常どおりの本人確認だけで取引を進めてよいのか。

高裁が問題にしたのは、そこでした。

 

一審と高裁は「同じ事実を正反対に評価した」だけではない

もう一つ、判決を読むうえで注意したい点があります。

一審と高裁で結論が違ったからといって、

「全く同じ証拠を見て、地裁と高裁が正反対の判断をした」

というわけではありません。

 

控訴審では、買主会社の担当者、中間会社の代表者、司法書士本人などの供述も判断資料として加えられました。

 

その結果、

 

  • 休眠会社という説明
  • 個人口座への送金
  • 決済当日の具体的な行動
  • 残代金の確認前に書類を預けた状況

 

など、取引の細かな事情がより明確になっています。

 

つまり、高裁では証拠関係も補充され、司法書士が取引の中でどのような情報に接していたのかが、一審より具体的に見えるようになったのです。

 

この点を抜きに、

「地裁は司法書士に甘く、高裁は厳しかった」

とだけ評価するのは適切ではないでしょう。

 

高裁が認めた損害賠償額は2億2443万0863円

高裁は、司法書士の不法行為責任を認め、合計2億2443万0863円の損害賠償を命じました。

 

内訳は、

 

  • 売買代金、固定資産税・都市計画税清算金等
    2億0186万2188円
  • 登録免許税・司法書士費用
    256万8675円
  • 弁護士費用
    2000万円

 

です。

 

なお、「登録免許税・司法書士費用256万8675円」は、司法書士の報酬だけが256万円だったという意味ではありません。

登録免許税を含めた登記費用等の合計額です。

本人確認の判断一つが、結果として2億円を超える損害賠償責任につながりました。

 

司法書士の「問題ありません」という判断で取引が進む

この事件には、司法書士の仕事の意味を考えるうえで象徴的な場面があります。

買主会社は、売主役が登記識別情報を紛失していることを知り、司法書士に、

「本当に所有権移転登記ができるのか」

という趣旨の確認をしています。

司法書士は、本人確認を行っているので問題ない旨を回答しました。

買主会社自身も資料を精査していましたが、最終的には専門家である司法書士による本人確認を前提として取引を進めています。

 

不動産売買の決済において、司法書士が提供しているものは、登記申請書だけではありません。

「この本人確認で取引を進めてよい」という専門家としての判断と信用も、司法書士業務の重要な一部です。

数億円という売買代金が動く場面では、その判断の重さも非常に大きくなります。

 

本人確認は「免許証を見ること」では終わらない

司法書士の本人確認というと、

「免許証の写真と本人の顔を見比べる」

というイメージを持つ方も多いと思います。

もちろん、それも重要な確認です。

 

しかし、この高裁判決が示しているのは、それだけではありません。

司法書士は、業務を進める中で、

 

  • 当事者から聞いた説明
  • 提出された書類
  • 会社の状況
  • 不動産の内容
  • 売買代金の流れ
  • 決済時の行動
  • 登記識別情報を提出できない理由

 

など、多くの情報に接します。

 

そして、そこに通常とは異なる事情が重なれば、

「もう一段階確認した方がよいのではないか」

と判断しなければならない場合があります。

 

追加の資料を求める。

発行元へ確認する。

決済をいったん延期する。

場合によっては、登記申請を受任しない。

 

本人確認とは、単に書類のチェック欄を埋める作業ではなく、得られた情報を総合して取引を進めてよいかを判断する仕事でもあるのです。

 

だからといって、何でも疑えばよいわけではない

一方で、一審判決の考え方も忘れてはいけません。

 

事故が発生した後なら、

「役所へ電話すればよかった」
「会社へ郵便を送ればよかった」
「本店を訪問すればよかった」

という確認方法はいくらでも考えられます。

 

しかし、司法書士がすべての不動産取引で考え得る限りの調査を行わなければ責任を負うということになれば、正常な取引まで止まってしまいます。

高裁も、そのような無制限の調査義務を認めたわけではありません。

通常は法令に定められた本人確認を行えば足ります。

 

ただし、具体的な事情から本人性を疑う理由が生じたときには、確認の水準を一段上げる必要がある。

 

この境界をどこに引くのか。

それが司法書士実務の難しいところです。

真正な取引を不必要に止めない。

しかし、不審な取引を形式的な書類確認だけで通してしまわない。

本件で一審と高裁の判断が分かれたこと自体、この判断が決して簡単なものではないことを示しているように思います。

 

まとめ――司法書士は「登記を出す人」だけではない

今回の事件では、司法書士は本人と面談していました。

運転免許証も確認しました。

健康保険証も確認しました。

印鑑登録証明書も確認しました。

法人の印鑑証明書と他の資料の記載も照合していました。

買主会社自身も資料を精査し、登記官も偽造を見抜けませんでした。

それでも高裁では、司法書士に2億円を超える損害賠償責任が認められました。

理由は、単純に「偽造書類を見抜けなかったから」ではありません。

取引全体を見ると複数の不自然な事情があり、通常の本人確認だけで終わらせず、さらに確認すべき状況になっていた

と高裁が判断したからです。

司法書士の仕事には、申請書を作成して法務局へ提出する作業だけでなく、

「本人は本当にこの人なのか」
「本人は本当にこの不動産を売る意思があるのか」
「この取引をこのまま進めてよいのか」

という判断が含まれています。

そして、その判断には大きな責任が伴います。

不動産売買の登記手続は、外から見ると書類をそろえて申請するだけに見えるかもしれません。

しかし、実際の決済現場では、司法書士が確認し、判断し、その判断を関係者が信用することによって、多額の資金と不動産の権利が動いています。

本件は、そのことを非常に分かりやすく示している裁判例だと思います。

 

次回――2億2443万円の判決を取ったのに、なぜ保険金が出なかったのか

この事件には、さらに続きがあります。

買主会社は高裁で司法書士に対する2億2443万0863円の損害賠償判決を得ました。

ところが、その後、司法書士の賠償責任保険から2億1000万円を回収しようとした裁判では、買主会社の請求がすべて棄却されています。

なぜ、司法書士の損害賠償責任が確定しているのに、保険会社は支払わなくてよかったのでしょうか。

第2回では、司法書士の「過失」と「故意」、そして司法書士賠償責任保険の関係について、東京地裁令和2年7月1日判決を詳しく見ていきます。

 

 

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