『ミナミの帝王』の賭け麻雀裁判は実在した――萬田銀次郎が語った東京地裁昭和55年判決を読む
2026/10/09
『ミナミの帝王』を見ていると、萬田銀次郎が法律や裁判例を持ち出して相手を追い込む場面があります。
今回気になったのは、賭け麻雀のツケをめぐる場面です。
スナックのママ「ちあき」と賭け麻雀をして負けた横井は、1か月経ってもそのツケを支払いません。
横井は「民法第708条、不法原因給付」を持ち出し、博打で負けた金は請求できないと主張します。
これに対して萬田銀次郎が持ち出すのが、
「昭和55年の夏にこれと同じケースの裁判が東京地裁で行われた」
という裁判例です。
私はこの場面を見て、「本当にそんな裁判例があるのか」と気になりました。
調べてみると、ありました。
しかも、萬田銀次郎の説明は、実際の判決の特徴的な部分をかなり細かく拾っています。
ただし、判決原文まで読むと、作品の事件と東京地裁の事件にはかなり重要な違いがありました。
萬田銀次郎が持ち出した「昭和55年夏の東京地裁判決」
実在する裁判例は、
東京地方裁判所昭和55年7月17日判決
昭和54年(ワ)第7739号・貸金等請求事件
です。
判例タイムズ433号110頁、判例時報989号69頁に掲載されています。
判例タイムズでは、
賭け麻雀の賭金の支払に充てることを知りながら金銭を貸した場合であっても、単にその使途を容認したにすぎないなどの事情があるときは、不法原因給付に当たらないとされた事例
として紹介されています。
まさに萬田が言う「昭和55年の夏」の東京地裁裁判例です。
ただし、作品中の法律説明について、一点だけ整理しておきます。
横井は民法708条を持ち出して、
「博打で負けた銭は請求できない」
という趣旨のことを言います。
しかし、民法708条は、単純に「博打で負けた金は払わなくてよい」と定めた条文ではありません。
不法な原因に基づいて給付をした者が、その給付したものの返還を請求できるか、という問題に関する規定です。
また、横井の「何の罪にもならない」という表現は刑事上の問題ですが、民法708条は民事上の規定です。
したがって、横井の説明は法律的にはかなり簡略化されています。
萬田の、
「裁判所が汚い銭には関わらんいう法律や」
という説明も、もちろん法律上の定義ではありません。
ただ、不法原因給付という考え方を作品中で分かりやすく表現した、萬田流の説明と見ることはできそうです。
本当にあった東京地裁昭和55年7月17日裁判例
では、実際の事件はどのようなものだったのでしょうか。
原告は麻雀好きで、自宅に麻雀台を1卓置き、昭和52年頃から昭和54年頃まで、主に週末や休日に知人やその同伴者のために自宅を開放していました。
参加者は、被告を含めて10人ほどです。
そこでは賭け麻雀が行われ、原告は出前を取ったり酒食を提供したりして、その代金を立て替え、後から実費を徴収していました。
また昭和53年当時には、賭け麻雀の勝者から1回につき1000円を徴収していたことも認定されています。
ここで注意したいのは、この1000円について、裁判所が「場所代だった」と認定したわけではないことです。
裁判所は後に、場所や各種サービスの提供と1000円という金額を考慮し、これをもって原告が賭け麻雀によって不法な利益を得、又は得ようとしていたとはいえない、と判断しています。
そして、この事件で重要なのが、被告が原告方で賭け麻雀に負け、賭け金を支払えなくなったときのことです。
被告は、
その賭け金を支払うために、原告から別途金を借りています。
しかも原告は、その金が賭け金の支払に使われることを知って貸していました。
この点については当事者間にも争いがありませんでした。
被告はそこで、
賭け麻雀の賭け金を支払うための金だと知って貸したのだから、本件貸金は不法原因給付に当たり、返還を請求することはできない、
と主張しました。
東京地裁も、貸主に問題がなかったとは言っていない
この判決を読むと、東京地裁が原告側の行為を何の問題もないものとして扱っていたわけではないことが分かります。
裁判所は原告宅について、
「小規模ながら巷間見られる麻雀屋の観を呈し」
と表現しています。
そのうえで、原告がそこで賭け麻雀が行われることを許容し、賭け金の支払に使われることを知って金を貸していた点について、
「不法と非難されるべき余地があり」
と明確に指摘しています。
つまり、
「仲間内でやっていた賭け麻雀だから何の問題もない」
と判断した裁判例ではありません。
ここは、作品中の萬田の説明だけを聞いた場合と、判決原文まで読んだ場合とで、かなり印象が違うところです。
それでも東京地裁が貸金返還請求を認めた理由
それでは、なぜ東京地裁は不法原因給付の法理によって返還請求を排斥しなかったのでしょうか。
裁判所はいくつもの事情を検討しています。
まず、原告は本件貸金によって、賭け麻雀の勝敗から利益の配分を受けたり、損失を分担したりする関係にはなかったと推認されています。
また、原告は、被告が賭け金の支払に使うことを知って貸したものの、それは「その使途を容認したに過ぎない」のであって、賭け金の支払という不法な目的に使用すること自体を貸金契約の内容としたものではない、と判断されました。
さらに、原告宅に集まっていたのは原告の知人又は知人の同伴者で、人数も10人程度でした。
全くの不特定多数が集まっていたわけではありません。
勝者から1000円を徴収していた点についても、場所や各種サービスの提供とその金額を考慮すれば、原告が賭け麻雀によって不法な利益を得、又は得ようとしていたとはいえないとしています。
また、原告は貸金や飲食代等の立替金について、いずれも利息を付けることを求めていませんでした。
これらの事情に加え、裁判所は、
本件貸金は、被告が賭け麻雀といいつつ結局「自己の遊興のため費したもの」
と評価しています。
そして、原告が貸金の返還を求めることは、いまだ社会的妥当性を欠くとはいえず、不法原因給付の法理を適用して請求を排斥することはできない、と判断しました。
その結果、貸金と飲食代等の立替金の残額について、原告の請求が認められています。
萬田銀次郎の説明は、判決文とかなり近い
ここから作品中の萬田銀次郎の説明と比べてみると、なかなか興味深いものがあります。
萬田は、
「仲間内でのお座敷麻雀くらいやったら」
と言います。
「お座敷麻雀」という言葉を裁判所が使ったわけではありません。
しかし実際の判決でも、参加者は原告の知人又は知人の同伴者に限られ、人数も10人程度で、全くの不特定多数が集まっていたわけではないという事情が検討されています。
また萬田は、
「不法の利益を得ようとしたことにはならん」
と言います。
実際の判決にも、原告が賭け麻雀をさせることによって、
「不法の利益を得又は得ようとしたものということもできない」
との判断があります。
さらに萬田は、
「遊びに費やしたもんとして請求は認められとんのや」
と説明します。
これも実際の判決には、
「結局自己の遊興のため費したもの」
という非常に近い表現があります。
こうして比べると、作品中の法律論が、実在する東京地裁裁判例とは無関係に作られたものではないことが分かります。
少なくとも、判決理由の特徴的な表現や事情をかなり丁寧に拾っていると評価してよさそうです。
しかし「これと同じケース」ではなかった
ここが、判決原文まで読んで一番興味深かったところです。
萬田銀次郎は、
「昭和55年の夏にこれと同じケースの裁判が東京地裁で行われた」
と言っています。
しかし、作品中の事件と東京地裁事件を法的に比べると、少なくとも請求されている金銭の法的な成り立ちは同じではありません。
『ミナミの帝王』で横井が払っていないのは、
賭け麻雀で負けたことによって生じた「ツケ」そのもの
です。
横井がそのツケを支払うために、ちあきや第三者から別途金を借りたという描写はありません。
これに対し東京地裁事件で問題となったのは、
賭け麻雀の負け金そのものではありません。
被告が賭け麻雀で負けて賭け金を支払えなくなり、その支払のために原告から別途借りた貸金です。
整理すると、作品では、
賭け麻雀 → 横井が負ける → その賭け麻雀のツケを請求
です。
これに対し東京地裁事件では、
賭け麻雀 → 被告が負ける → 賭け金を支払えない → 原告から別途金を借りる → その貸金の返還を請求
という構造です。
したがって、この東京地裁判決は、
「賭け麻雀で負けたツケそのものを、勝者が敗者に請求できる」
と判断した裁判例ではありません。
萬田が持ち出した裁判例は実在し、作品中の説明にも判決とかなり近い部分があります。
しかし、映画の横井のケースと東京地裁事件を「これと同じケース」とするには、この違いを無視することはできません。
「仲間内の賭け麻雀なら請求できる」という判決でもない
もう一つ注意したいのは、この裁判例を一般化しすぎないことです。
東京地裁は、
「仲間内の賭け麻雀なら問題ない」
という一般的なルールを示したわけではありません。
まして、
「少額なら賭け麻雀をしてもよい」
「お座敷麻雀なら公序良俗に反しない」
と判断したわけでもありません。
この事件では、
知人等10人程度だったこと、原告が勝敗による利益の配分を受けたり損失を分担したりする関係ではないと推認されたこと、貸付等について利息を求めていなかったこと、賭け金支払への使用を貸金契約の内容としたものではなく使途を容認したにすぎないとされたこと、原告が賭け麻雀によって不法な利益を得又は得ようとしていたとはいえないことなど、具体的な事情が重ねて検討されています。
しかも裁判所自身、原告側について「不法と非難されるべき余地」があるとしています。
ですから、この判決から、
「仲間内の賭け麻雀なら、そこに関係する貸金は必ず返してもらえる」
という一般的な結論を導くことはできません。
あくまで、この事件の具体的な事情の下で、不法原因給付の法理によって貸金返還請求を排斥することはできないと判断した裁判例です。
判決をでっち上げたわけではない。でも、萬田は「おいしいところ」を使っている
今回、実際の判決原文まで読んでみて、私が一番面白いと感じたのはここです。
萬田銀次郎が持ち出した東京地裁判決は、本当に存在しました。
しかも、
「仲間内」
「不法の利益を得ようとしたものではない」
「遊興のため費した」
といった作品中の説明は、実際の判決理由とかなり近いものです。
一方で、映画の横井のケースと東京地裁事件は、法的な構造まで同じではありません。
東京地裁が認めたのは、賭け麻雀のツケそのものの請求ではなく、そのツケを支払うために別途貸した貸金の返還請求でした。
それでも萬田は、
「これと同じケースの裁判が東京地裁で行われた」
と切り返します。
ここから先は、判決そのものではなく、作品についての私なりの見方です。
萬田銀次郎は、判例研究者として横井に法律を講義しているわけではありません。
横井が「不法原因給付だから払わない」と法律を持ち出したところに、自分の取り立てに使える実在の裁判例をぶつける。
作品上の萬田という人物を考えれば、相手の法律論を崩して取り立てにつなげるため、裁判例の自分に有利な部分を使った、と見ることもできます。
そう考えると、この裁判例の使い方は、実に萬田銀次郎らしいとも思います。
ただ、司法書士として判決原文まで追ってみると、
「本当にこれと同じケースだったのか?」
という、作品を見ているだけでは気づかなかった別の面白さが見えてきました。
そして、話はここで終わりません。
賭博に関係する貸金については、この東京地裁判決より前にも後にも、より厳しい判断を示した大審院・最高裁判例があります。
では、大審院・最高裁判例まで含めて見たとき、萬田銀次郎の法律論はどこまで通用するのでしょうか。
第2回では、大審院・最高裁判例までさかのぼり、この東京地裁裁判例の位置付けをさらに検証します。
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