民法646条2項による移転はいつ認められる? 裁判例から見る「委任」の立証
2026/11/02
他人に不動産の取得を頼み、その人の名義で所有権が登記された場合、後から自分への所有権移転登記を請求できるのでしょうか。
民法646条2項は、受任者が委任者のために自己の名で取得した権利を、委任者に移転する義務を定めています。
しかし、この規定があるからといって、登記名義人に対して「私のために取得してもらった不動産だから、名義を移してほしい」と主張するだけで、所有権移転が認められるわけではありません。
そもそも、その人に不動産の取得を委任していたのか。
そして、相手方がその委任に基づいて不動産を取得したのか。
実際の訴訟では、このような事実関係が問題になります。
東京地裁平成20年6月25日判決では、原告が被告に多額の資金を交付し、土地取得を委任したと主張しました。しかし、裁判所は委任契約の成立を認めず、所有権移転登記を求める請求を棄却しました。
なぜ委任契約は認められなかったのでしょうか。
民法646条2項による移転は、主張するだけでは認められない
第1回では、委任と代理は同じ制度ではなく、受任者が委任者のために自己の名で権利を取得する場合があることを説明しました。
第2回では、その法律関係が不動産の取得に現れた場合について、売主から受任者、受任者から委任者への二段階の所有権移転と、その登記を取り上げました。
民法646条2項は、次のように定めています。
受任者は、委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。
この規定による権利移転義務が問題になるためには、受任者が委任者のために自己の名で権利を取得したという法律関係が必要です。
ところが、不動産の登記名義が第三者になっている場合、その人が自分のために取得してくれたのか、それとも自分自身のために取得したのか、後になって争いが生じることがあります。
その場合、登記名義人が誰かという事実だけでは、当初の委任関係まで明らかになるわけではありません。
この問題が争われたのが、東京地裁平成20年6月25日判決です。
東京地裁平成20年6月25日判決――どのような請求だったのか
この事件の原告は、民営公園墓地を経営する財団法人でした。
被告は、公園墓地の造成計画に関わっていた人物です。
問題となった土地には複雑な権利関係が存在し、公園墓地の造成計画も実現していませんでした。
原告は、被告に土地の取得を委任したと主張しました。
しかし、対象となる土地には被告名義の所有権移転登記がされていました。
そこで原告は、被告に対して所有権移転登記手続を求める訴訟を提起しました。
主位的請求は「民法646条2項による移転」
原告が第一に求めたのは、
「民法646条2項による移転」を原因とする所有権移転登記
でした。
原告の主張は、被告に土地の取得を委任していたのだから、その委任に基づいて取得した土地について、原告へ所有権を移転する義務があるというものです。
予備的請求は「真正な登記名義の回復」
原告は、予備的に、
「真正な登記名義の回復」を原因とする所有権移転登記
も求めました。
こちらは、所有権に基づく登記手続請求という構成です。
第2回で説明したとおり、「民法646条2項による移転」と「真正な登記名義の回復」は、同じ登記原因ではありません。
今回の訴訟では、原告が異なる法律構成によって登記手続を求めていたことになります。
ただし、裁判所は最終的に、原告の請求をいずれも棄却しました。
原告は合計5900万円を交付し、土地取得を委任したと主張した
この事件で特に注目したいのは、原告から被告へ多額の資金が交付されていたことです。
最初の500万円と、その後の資金提供
判決によれば、昭和57年12月17日、原告から被告に500万円が交付されました。
その後も金銭の授受が続き、昭和58年8月5日までの交付額は、最初の500万円を含めて合計5900万円となりました。
原告は、最初の500万円について、土地の担保債権者等と折衝し、土地を取得するための費用として渡したと主張しました。
その後の資金についても、土地取得に関する委任事務を処理するための費用であったと説明しています。
もっとも、合計5900万円には、今回の請求対象とは別の土地に関係する資金も含まれています。
すべてが請求対象土地の直接的な購入代金として交付されたという主張ではありません。
原告が主張した委任の内容
ここは、判決を読むうえで注意が必要です。
原告は、昭和57年12月17日、被告に対し、担保債権者等と折衝して、本件土地を原告の名義で取得することを委任したと主張しています。
つまり、原告は、当初から被告自身の名義で土地を取得してもらうことを委任したと主張していたわけではありません。
一方、実際には被告が本件土地の所有権を取得し、被告名義の登記がされていました。
そこで原告は、民法646条2項による移転登記を求めたわけです。
第2回で取り上げた「受任者が自己の名で取得することを当初から予定していた事例」と、本件の原告が主張した委任内容は、必ずしも一致しません。
ただし、今回の裁判所は、その点について民法646条2項の適用関係を詳しく判断したわけではありません。
それ以前の問題として、原告が主張する委任契約自体を認めることができないと判断しています。
被告は貸付金だったと反論した
これに対し、被告は、原告から受け取った金銭は貸付金であり、原告との間に主張された委任契約は存在しないと反論しました。
ここで重要になるのが、金銭の授受に際して作成されていた書類です。
原告から被告へ多額の資金が交付されていたこと自体は認められていました。
問題は、その資金がどのような法律関係に基づいて交付されたのかという点でした。
裁判所はなぜ委任契約の成立を認めなかったのか
東京地裁は、原告が主張する委任契約について、本件の全証拠によってもその成立を認めることができないと判断しました。
その理由として、借用書の記載内容、委任契約書が存在しないこと、そのほかの証拠や事情を検討しています。
借用書は、金銭消費貸借契約を示す書類と評価された
原告と被告の間で資金が授受された際には、主として借用書が作成されていました。一部には領収証も含まれていました。
裁判所は、借用書について、その標題や記載内容などから、金銭消費貸借契約を示す書類とみるのが自然であると判断しました。
借用書には、金額や金銭を借用した旨が記載されていました。
また、領収証についても、その作成時期や記載内容から、同様に金銭消費貸借契約を示す書類と評価しました。
原告は、金銭について返済期限、利息、損害金、返済方法などの定めが存在しないことを理由に、貸付金ではないと主張していました。
しかし裁判所は、借用書が金銭消費貸借契約を示す書類であるために、返済期限・利息・損害金の記載が不可欠というわけではないと判断しました。
金銭を借用した旨の記載から、返還の約束が示されていると評価したのです。
つまり、返済期限や利息などの記載がないからといって、それだけで貸付けではないとはいえない、ということです。
資金の使い道が土地取得に関係していても、委任費用とは限らない
借用書のただし書には、資金の使途に関する記載がありました。
その記載には、土地をめぐる当時の権利関係や資金使途に符合する部分もありました。
しかし裁判所は、それらの事情についても、金銭が委任事務処理費用として交付されたことを積極的に裏付けるものではないと判断しました。
ここは非常に重要です。
たとえば、ある人が不動産を取得するために資金を借り、その借入金を実際に不動産の取得に使ったとしても、貸主が当然にその不動産の取得を委任したことになるわけではありません。
「何のために使うお金だったのか」と「どのような法律関係に基づいて渡されたお金なのか」は、別の問題です。
本件でも、借用書に記載された資金使途が土地の権利関係などと符合する部分があることは、資金の貸付けという法律関係と矛盾するものではなく、それだけで委任事務処理費用だったことの積極的な根拠にはならないと評価されたのです。
さらに、裁判所は、多額の金銭が何度も交付されたという事実だけから、それが委任事務処理費用だったとは認めませんでした。
委任事務処理費用として多額の金銭を繰り返し交付したというのであれば、その趣旨を示す書類が作成されていてしかるべきであると考えたのです。
ところが、実際に作成されていたのは借用書でした。
裁判所は、なぜ委任事務処理費用の書類ではなく借用書が作成されたのかについて、原告から具体的で納得できる説明がされていないと指摘しています。
委任契約書が存在しなかった
裁判所は、委任契約書が存在しなかったことも重視しました。
原告は、被告が宗教法人の責任役員という肩書きを有していたため、その宗教法人を信用し、委任契約書の作成を求めなかったと説明しました。
しかし、裁判所は、この説明に合理性を認めませんでした。
原告が宗教法人を信用した具体的な理由について、十分な裏付けが示されていなかったからです。
また、原告が主張する委任契約の相手方は、宗教法人ではなく被告個人でした。
裁判所は、この点にも言及しています。
そのうえで、委任契約が締結されていたのであれば、そのことを示す直接的な契約書が作成されるのが通常であるとしながら、本件ではその契約書が存在しないことを指摘しました。
さらに、契約書を作成しなかったことについて、納得できる事情も示されていないと評価しています。
後年の書簡や事業計画も、委任契約の存在を裏付けなかった
裁判所は、そのほかの事情についても検討しています。
原告は、平成5年に交わされた書簡について、金銭が土地取得費用だったことを示す証拠であると主張しました。
しかし裁判所は、被告側代理人の書簡からそのような事実を認めることはできず、原告側の書簡も原告自身の認識を示すにとどまると評価しました。
また、原告の前理事長が公園墓地事業に強い関心を持っていたことは認められましたが、原告や前理事長が事業を主体的に行い、あるいは参画するための具体的な検討をしていたと認める証拠はないと判断されました。
不動産の価格を根拠とする原告の主張についても、対象土地の価格を具体的に裏付ける証拠が不足していると判断されました。
このように裁判所は、借用書だけでなく、委任契約書の不存在、資金提供の経緯、後年の書簡、事業計画などの事情を検討したうえで、委任契約の成立を認めなかったのです。
「委任契約書がないから負けた」という判決ではない
ここは誤解しないようにしたいところです。
今回の判決では、委任契約書が存在しなかったことが、委任契約の成立を否定する方向で評価されています。
しかし、委任契約書がなければ委任契約が成立しない、という意味ではありません。
民法643条は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方が承諾することによって、委任の効力が生じると定めています。
委任契約は、一般に書面を作成することが成立要件ではありません。
今回の裁判所も、委任契約書がないことだけを理由に請求を棄却したわけではありません。
多額の資金提供が繰り返され、その際に借用書が作成されていたという事情がありました。
その一方で、原告が主張する委任契約の存在を直接示す契約書はなく、なぜ作成されなかったのかについても十分な説明がありませんでした。
これらの事情を検討して、委任契約の成立を認めることができないと判断したのです。
したがって、この判決から、
「委任契約書がなければ民法646条2項による移転はできない」
という一般的な結論を導くことはできません。
問題は、契約書の有無だけではなく、委任契約が実際に成立していたと認められるかどうかです。
「誰がお金を出したか」だけでは、委任の存在を証明できない
今回の判決は、不動産登記実務を考えるうえでも参考になります。
原告から被告へ合計5900万円もの資金が交付されていました。
原告は、その金銭について土地取得のための費用だったと主張しています。
しかし裁判所は、借用書の内容などから、その資金を貸付金と評価し、土地取得に関する委任契約の成立を認めませんでした。
この判決から考えられるのは、資金を提供したという事実と、不動産の取得を委任したという事実は、区別して判断しなければならないということです。
資金提供は、委任契約の存在を判断する一つの事情になることがあります。
しかし、それだけで委任契約の存在が決まるわけではありません。
司法書士として民法646条2項による所有権移転登記を検討するのであれば、少なくとも次のような事情を整理することになります。
・ 当初、誰が誰に対して、どのような法律行為を依頼したのか
・ 受任者は、自分自身の名で取得する予定だったのか、それとも委任者の代理人として取得する予定だったのか
・ 取得した不動産の権利を、最終的に誰に帰属させる合意だったのか
・ 資金の授受があった場合、それは貸付けだったのか、委任事務処理のための費用だったのか
・ 契約当時、どのような書面や記録が作成されていたのか
・ 受任者が取得した権利について、その後どのような移転の合意があったのか
これらは、今回の裁判所が一般的な法定要件として列挙したものではありません。
判決における証拠評価を踏まえた、司法書士実務上の確認事項です。
重要なのは、後から所有権移転登記を行いたいという事情だけで、当初の法律関係を決めてしまわないことです。
民法646条2項という法律構成が否定されたわけではない
今回の東京地裁判決では、主位的請求である民法646条2項による移転登記だけでなく、予備的請求である真正な登記名義の回復による移転登記も認められませんでした。
しかし、判決は、民法646条2項による移転という法律制度自体を否定したものではありません。
裁判所が中心的に判断したのは、原告が主張した委任契約の成立を、提出された証拠によって認めることができるかという問題です。
その結果、委任契約の成立を認めることができず、その余の点を論じるまでもなく請求を棄却しました。
したがって、この判決から、
「民法646条2項による所有権移転登記は認められない」
という結論を導くことはできません。
また、予備的な真正な登記名義の回復による請求についても、判決が個別に詳しい法的判断を示したわけではありません。
今回の判決の中心的な意味は、民法646条2項による移転を請求する前提となる委任契約が、証拠上認められなかったことにあります。
登記原因を決める前に、当初の法律関係を確認する
全3回にわたって、民法646条2項による移転と委任・代理の関係を考えてきました。
第1回では、委任契約と代理権の授与は同じものではなく、「他人のために行うこと」と「他人の代理人として行うこと」を区別する必要があることを確認しました。
第2回では、受任者が自己の名で不動産を取得した場合について、受任者から委任者への所有権移転と、その登記原因を検討しました。
そして今回の東京地裁判決では、その前提となる委任契約の存在自体が争われ、証拠によって認められなかったという問題を見てきました。
ここから、登記実務上の基本的な考え方が見えてきます。
不動産の所有権移転登記を行う場合、最終的に誰の名義にしたいのかという結果だけから、登記原因を決めることはできません。
まず確認しなければならないのは、当初どのような法律関係が存在していたのかということです。
誰が誰に何を委任したのか。
誰が契約当事者となり、所有権を取得したのか。
取得した権利を他人へ移転する義務が存在するのか。
そして、その権利は実際にどのような法律行為によって移転したのか。
これらを確認したうえで、その法律関係に適合する登記原因を判断することになります。
民法646条2項による移転は、その法律関係が存在する場合に用いられる登記原因です。
登記原因を先に決めて、それに合う法律関係を後から作り上げるものではありません。
今回の東京地裁判決は、委任契約の成立が認められるかどうかについて、裁判所がどのように証拠を評価したのかを考えるうえで参考になる裁判例です。
そして、その問題は民法646条2項に限りません。
実際に存在した権利関係を正確に把握し、それに対応する登記を行うこと。
それが、不動産登記実務の基本であると考えます。
主な参照資料
・ 民法643条・646条2項
・ 東京地方裁判所平成20年6月25日判決
・ 平成18年(ワ)第9765号・土地所有権移転登記請求事件
・ 『不動産登記と法律実務』「他者からの委任に基づき購入した不動産について、当該他者名義に所有権移転登記をする場合」
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