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積水ハウス地面師事件⑤|偽地主を疑った買主候補と辞任した2人の弁護士

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積水ハウス地面師事件⑤ 偽地主を疑い、取引をやめた人々

積水ハウス地面師事件⑤ 偽地主を疑い、取引をやめた人々

2026/10/28

2017年4月11日。

五反田の土地「海喜館」の売買交渉で、買主候補の会社社長が、売主として現れた女性に疑問を抱きました。

 

なぜ、本人確認を自宅ではなく弁護士事務所で行うのか。

 

社長は、自分たちが過去に見てきた不動産の成りすまし事件と、今回の状況が似ていることまで指摘しています。

この女性は、後に積水ハウスが70億円で購入することになる土地の、本当の所有者になりすましていた人物でした。

 

しかも、女性を疑ったのは、この社長だけではありません。

売主側の代理人となった弁護士が辞任し、別の弁護士も後に辞任していました。

さらに、別の買主候補も成りすましに気付き、取引を見送っています。

 

地面師グループは、誰からも疑われずに積水ハウスとの契約へ進んだわけではなかったのです。

 

1.積水ハウス以外には、偽地主を疑った人々がいた

地面師グループが売却しようとしていたのは、東京都品川区西五反田にある元旅館「海喜館」の土地です。

本当の所有者には売却の意思がありませんでしたが、地面師グループは別の女性を所有者になりすまさせ、買主を探していました。

前回までに紹介したように、女性には偽造パスポートや登記済権利証などが用意され、公的機関から実際に交付された印鑑登録証明書等も取得されていました。

 

しかし、それだけの準備があっても、すべての取引相手を信用させることができたわけではありません。

2020年12月7日付の積水ハウス総括検証報告書には、重要な記載があります。

 

地面師グループは、中国系の投資会社や株式会社Uなどとも交渉していましたが、その買主候補の代表者らが成りすましを疑い、あるいは気付いて、取引を中止していたというのです。

 

また、売主側の代理人を引き受けた弁護士も、成りすましの可能性を疑って辞任していました。

それも一人ではありません。

2017年3月29日と4月12日、別々の弁護士が代理人を辞任しています。

 

それにもかかわらず、地面師グループは土地の売却話を続けました。

その具体的な経過は、後の刑事判決に詳しく残されています。

 

2.3月29日――最初の売主側弁護士が代理人を辞任した

2017年3月23日。

偽地主役の女性は、財務担当者を名乗る男性らと共に、ある弁護士の事務所を訪れました。

財務担当者役の男性は、真の所有者の財務コンサルタントであると説明しました。

弁護士は、女性のパスポートの写しを使って本人確認を行い、土地の売買等を委任する旨の委任状を作成しました。

もちろん、パスポートは偽造されたものであり、女性は本当の所有者ではありません。

 

しかし、弁護士は女性を所有者本人と認識し、売主側の代理人として取引に関与することになりました。

 

3月25日には、弁護士事務所で買主側との打合せが行われ、売買に必要な書類や代金について協議しています。

この日の打合せには、偽地主役の女性は体調不良を理由に出席していませんでした。

 

そして、3月27日。

再び弁護士事務所で交渉が行われ、今度は偽地主役の女性も参加しました。

 

女性に付き添っていたのは、真の所有者の内縁の夫を名乗る男性です。

前回紹介した、地面師グループの「前さばき役」でした。

もちろん、この男性も本当の所有者の内縁の夫ではありません。

 

この打合せでは、売買代金や手付金の金額、支払日などが協議されました。

 

ところが、その2日後。

3月29日、売主側の弁護士は代理人を辞任しました。

 

東京地裁令和2年6月10日判決によると、弁護士は、財務担当者役の男性に対して、辞任の理由を説明しています。

その取引が、成りすましによるものかもしれないという趣旨でした。

弁護士が具体的に何を不審に感じたのか、その判断過程のすべてが判決から分かるわけではありません。

 

また、この時点で女性が偽地主であると確定的に見抜いたとまではいえません。

 

しかし、少なくとも、売主側の代理人を務めていた弁護士が、成りすましの可能性を疑い、取引から離れたことは確認できます。

 

それでも、地面師グループは売却交渉を中止しませんでした。

 

4月3日には、偽地主役の女性と中間買主の会社との間で売買契約が締結されます。

 

そして翌4月4日には、別の弁護士が偽地主役の女性から依頼を受け、売主側の代理人として取引に関与することになりました。

 

最初の弁護士が辞任した理由を、二人目の弁護士がどこまで把握していたのかについては、今回の資料から断定できません。

しかし、二人目の弁護士も、まもなく偽地主への疑念に直面することになります。

 

3.4月11日――買主候補は、偽地主の何を疑ったのか

2017年4月11日。

二人目の弁護士の事務所で、別の買主候補との面談が行われました。

出席したのは、偽地主役の女性、前さばき役の男性、財務担当者役の男性、中間買主の関係者、そして買主候補会社の社長らです。

この買主候補は、中国系の投資会社でした。

 

交渉は、数日後の契約締結も想定して進められていました。

 

ところが、買主候補の社長は、売主本人の確認方法について疑問を示します。

 

東京地裁令和2年6月10日判決には、社長が実際に述べた言葉が記録されています。

社長は、本人確認について、自宅で行う必要性が一般的だとする自らの認識を示したうえで、今回、なぜ弁護士事務所で本人確認を行うのかと尋ねました。

そして、自分たちも不動産詐欺や成りすまし事件を複数見てきたことを説明しています。

 

判決に記載された発言には、次のような言葉もあります。

「僕らが見てきた,そういう成り済ましの事件と全くこう,状況としては,わりと合致しているんで」

さらに、弁護士自身も騙されて事件に関与してしまう場合があるという趣旨まで述べていました。

 

社長は、単に土地の価格や取引条件が気に入らなかったわけではありません。

売主として現れた女性が、本当に土地所有者なのかという点を疑っていたのです。

 

ここで注意したいことがあります。

この社長は、自宅で本人確認することを自社の基本的な取引方針として説明していました。

 

しかし、だからといって、不動産売買では法律上必ず売主の自宅を訪問して本人確認しなければならない、という意味ではありません。

 

また、弁護士事務所で本人確認を行うこと自体が、直ちに不自然な取引になるわけでもありません。

 

今回重要なのは、社長がそれまでの経験や取引状況を踏まえ、成りすましの可能性を具体的に疑っていたという事実です。

そして、その疑念を交渉の場で実際に口にしたことです。

 

東京地裁判決によると、社長は面談中、成りすましを疑う発言を続けました。

結局、この日の交渉で契約は成立しませんでした。

翌4月12日には、買主候補側から交渉が打ち切られています。

偽造パスポートや公的証明書が準備され、弁護士も関与している取引でした。

それでも、この買主候補は女性を信用せず、購入を見送ったのです。

 

4.翌4月12日、二人目の弁護士も代理人を辞任した

4月11日の面談は、買主候補だけでなく、売主側の弁護士にも影響を与えました。

 

翌4月12日。

二人目の弁護士も、偽地主役の女性が本当の所有者ではない可能性があると考え、代理人を辞任しました。

 

東京地裁令和2年6月10日判決によると、弁護士は、前さばき役の男性に対して、これ以上、女性の代理人を務めないことを伝えています。

 

これで、売主側の代理人として取引に関与した弁護士が、相次いで2人辞任したことになります。

最初の弁護士は3月29日。

二人目の弁護士は4月12日。

どちらも、成りすましへの疑念が辞任に関係していました。

 

ただし、二人が同じ事情を不審に感じ、同じ判断過程で辞任したというわけではありません。

 

また、弁護士が代理人を辞任したこと自体で、法律上、売主が偽地主であると確定するわけでもありません。

 

一方、4月11日の面談を機に、地面師グループの関係者にも変化が生じていました。

偽地主役の女性を支えていた前さばき役の男性です。

 

東京地裁令和2年6月10日判決によると、この男性は、買主候補の社長が成りすましを疑っているにもかかわらず、財務担当者役の男性が十分な対応をしなかったことを問題視していました。

 

さらに、面談が終わった後、積水ハウスのような大手企業への売却が検討されていると聞きます。

 

前さばき役の男性は、その取引を進めるのは危険だと考え、地面師グループの上位者らに、前さばき役を降りたいと相談しました。

上位者らは、書類作成などの後方支援を続けることを条件に、これを了承しました。

 

つまり、この男性は積水ハウスとの交渉の表舞台には出なくなりましたが、事件への関与が完全になくなったわけではありません。

 

買主候補に疑われたことは、地面師グループの内部でも問題になっていたのです。

それでも、売却話は続いていきました。

 

5.4月20日――別の買主候補も成りすましに気付いていた

4月11日の買主候補だけではありません。

地面師グループは、さらに別の会社とも交渉していました。

 

2024年11月27日の東京地裁民事判決によると、4月上旬頃、関係者を通じて新たな買主候補が見つかり、偽地主役の女性との面談が手配されました。

 

そして、4月20日。

その買主候補と偽地主役の女性との面談が行われます。

 

しかし、この買主候補も、女性が本当の所有者になりすましていることに気付き、売買契約には至りませんでした。

東京地裁令和2年5月29日判決にも、同じ出来事が認定されています。

 

その後、地面師グループの関係者の一人は、仲介に関わった人物から、地主が偽物らしいという話を聞かされています。

 

2024年東京地裁判決によると、その関係者は、

「ああ、そうなの。」

と答えるにとどまったと認定されています。

 

ただし、4月20日の買主候補が、何を決定的な理由として成りすましに気付いたのかについては、今回の資料だけでは具体的に説明できません。

 

4月11日の買主候補が疑問を示した本人確認の場所や方法が、4月20日の別会社でも問題になったと考える根拠はありません。

確認できるのは、別の買主候補も偽地主を見抜き、売買契約を締結しなかったという事実です。

 

ここで、事件の時系列には重要な点があります。

 

この4月20日、積水ハウスも偽地主役の女性と面談していました。

積水ハウスの会議室では、財務担当者役の男性や中間業者の関係者らが立ち会い、売買契約の条件を確認するための打合せが行われています。

もちろん、別の買主候補による面談と、積水ハウスでの面談は、それぞれ別の取引です。

両社が同じ情報を持っていたわけでもありません。

 

しかし、同じ偽地主役の女性を相手に、一方では成りすましを見抜いて取引が成立せず、もう一方では売買契約に向けた協議が進んでいたのです。

 

6.疑念を抱いた買主候補と、進み続けた積水ハウスの取引

ここまでの経過を整理すると、地面師グループが積水ハウスとの契約へ進む前に、複数の人々から疑念を持たれていたことが分かります。

 

3月29日には、最初の弁護士が成りすましを疑って辞任しました。

4月11日には、買主候補の社長が本人確認の方法や過去の詐欺事件との類似性について具体的な疑問を示しました。

翌4月12日には、二人目の弁護士も代理人を辞任しました。

そして4月20日には、別の買主候補も成りすましに気付き、売買契約を見送りました。

 

それでも、地面師グループは取引を続けていました。

 

実際、4月11日の面談にも立ち会っていた財務担当者役の男性は、その後も積水ハウスとの交渉に関与しています。

 

東京地裁令和2年6月10日判決では、この男性が、弁護士らや買主候補から成りすましを疑われていたにもかかわらず、本人確認のための調査を行わずに取引への関与を続けていたことなどが、重要な事情として扱われています。

 

裁判所は、こうした経過をほかの証拠と併せて検討し、男性が偽地主であることを認識したうえで犯行に関与していたと判断しました。

ただし、これは財務担当者役の男性についての刑事裁判所の判断です。

 

この男性が知っていたことと、積水ハウスの担当者が知っていたことを同じに考えることはできません。

 

また、ほかの買主候補や弁護士が抱いていた疑念が、積水ハウスにそのまま伝わっていたと断定することもできません。

積水ハウスの担当者が、いつ、どのような情報を得て、何を確認し、何を信用して取引を進めたのか。

その判断については、別に検証する必要があります。

 

そして、2017年4月24日。

積水ハウスは、海喜館の土地について、中間買主の会社から70億円で購入する売買契約を締結することになります。

 

地面師グループが用意した偽地主を疑い、取引から離れた人々がいた一方で、積水ハウスとの契約は実現してしまったのです。

 

では、積水ハウスは何を信用して、契約締結へ進んだのでしょうか。

次回は、積水ハウスが土地の売却話をどのように受け止め、取引を進めていったのかを、会社内部の判断や公証人による認証などの記録からたどります。

 


主な参考資料

・ 東京地方裁判所令和2年6月10日判決・平成31年(合わ)第64号(詐欺等被告事件)

・ 東京地方裁判所令和2年5月29日判決・平成31年(合わ)第10号(詐欺等被告事件)

・ 東京地方裁判所令和6年11月27日判決・令和2年(ワ)第24623号(損害賠償請求事件)

・ 積水ハウス株式会社総括検証委員会「総括検証報告書[公表版]」(2020年12月7日)、特に本文26~30頁及び29頁の脚注34

・ 東京地方裁判所令和2年3月17日判決・平成31年(合わ)第10号

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