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積水ハウス地面師事件③|偽地主はどう作られた?偽造パスポートと印鑑登録証明書の実態

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積水ハウス地面師事件③ 偽造パスポートと本物の証明書――偽地主ができるまで

積水ハウス地面師事件③ 偽造パスポートと本物の証明書――偽地主ができるまで

2026/10/26

70億円の土地を売却する。

 

しかし、売ろうとしているのは、本当の土地所有者ではありません。

地面師グループが必要としたのは、所有者本人になりすまして売買交渉に現れる人物でした。

 

そこで用意されたのが、真の所有者と年齢の近い女性です。

女性には、所有者の情報が教え込まれました。

 

さらに、女性の写真を使った偽造パスポートが作られ、印鑑登録証明書などの公的証明書まで取得されていました。

 

ここで重要なのは、地面師グループが用意した書類のすべてが偽造品だったわけではないということです。

 

偽造された身分証明書と、公的機関から実際に交付された証明書。

性質の異なる書類が組み合わされ、偽地主役の女性は、本当の土地所有者として不動産取引の場に現れることになります。

 

その準備は、2016年末から進められていました。

 

1.地面師グループが探していた「所有者役の女性」

積水ハウスが購入しようとした五反田の元旅館「海喜館」の土地。

本当の所有者は女性でした。

 

しかも、この土地は、所有者が決して売却しようとしない物件として、不動産業者の間では知られていました。

 

地面師グループがこの土地を売却するためには、買主に対して、所有者本人が売却を希望していると信じさせる必要がありました。

 

そこで、真の所有者になりすます女性を用意することになります。

 

2020年12月7日付の積水ハウス総括検証報告書によると、地面師グループは、真の所有者と年齢の近い女性を成りすまし役として手配しています。

同報告書の人物別の役割分担には、グループの関係者が、70代の女性を紹介してほしいと依頼していたことも記載されています。

 

その後、女性が紹介され、偽地主役を引き受けました。

 

もっとも、今回の資料から、偽地主役の女性の正確な実年齢まで確認できるわけではありません。

積水ハウス側は、後に売主として現れた女性について、70歳程度という認識を持っていました。

 

しかし、年齢の近い女性を用意しただけでは、本人になりすますことはできません。

土地の所有者として振る舞うためには、名前や住所だけでなく、所有者に関する情報を知っている必要があります。

 

さらに、本人であることを示す書類も必要です。

 

地面師グループは、女性への教育と書類の準備を進めていきました。

 

2.偽地主になるために教え込まれた情報

2017年1月17日。

 

2024年11月27日の東京地方裁判所判決によると、地面師グループの関係者は、指示を受けて偽地主役の女性らと合流し、近くの喫茶店にいた男性に女性を引き合わせました。

 

その関係者は、指示されたとおりに行動したことを上位者らに報告しています。

 

女性は、単に紹介されただけではありませんでした。

土地の所有者本人として、ほかの人物と面談するための準備も進められていました。

 

その様子が具体的に分かるのが、同月30日の出来事です。

同判決によると、地面師グループの上位者の一人は、別の共犯者に対し、偽地主役の女性と合流し、真の所有者のプロフィールなどを教えるよう指示しました。

さらに、その女性を知人の不動産業者らに引き合わせることも指示しています。

指示を受けた人物は、同日、そのとおりに行動しました。

つまり、偽地主役の女性には、真の所有者に関する情報を教え込むための担当者がいたのです。

 

総括検証報告書でも、地面師グループが女性に所有者の情報を教え込み、成りすましのための教育・指導を行ったことが確認されています。

 

司法書士として考えると、本人確認の場面で、名前や住所が書類と一致していることだけをもって、その人物が本人だと判断することはできません。

取引内容についての説明や、所有者自身に関する質問への回答なども、本人性を判断するための事情になります。

 

地面師グループは、そのような場面に備えていたのです。

 

ただし、女性が所有者の情報を教え込まれたからといって、すべてを正確に答えられるようになったわけではありません。

実際、後の積水ハウスとの取引では、生年月日や干支などについて不自然な受け答えが問題になっています。

 

この点は、本人確認の経過を検証する回で詳しく取り上げます。

 

一方、女性への教育とは別に、本人であることを示す書類の準備も進んでいました。

 

3.本物の所有者の名前、偽地主の写真――偽造パスポートの準備

書類の準備は、前年の2016年12月末頃から始まっていました。

 

2024年11月27日東京地裁判決によると、地面師グループの関係者は、偽地主役の女性から旅券用の証明写真と署名を入手するよう、別の関係者に指示しています。

その後、女性の証明写真と、真の所有者の氏名が署名欄に記載された旅券の申請用紙が集められました。

こうして用意されたのが、真の所有者名義の偽造パスポートです。

 

パスポートに記載された氏名などは本当の土地所有者の情報であり、写真は偽地主役の女性のもの。

女性がこのパスポートを提示すれば、書類上の所有者の氏名と、写真に写っている人物の外見が一致することになります。

 

もちろん、実際には偽造されたパスポートです。

しかし、外見から偽造を見抜くことは容易ではありませんでした。

 

総括検証報告書によると、今回用意された偽造パスポートは、司法書士が確認しても偽造と気付かなかったほど精巧なものでした。

このパスポートは、その後の不動産売買交渉で提示されるだけではありません。

公的機関で証明書を取得するためにも利用されたのです。

 

ここから、事件はさらに複雑になります。

 

4.偽造パスポートから、公的機関の証明書へ

2017年1月19日。

 

2024年11月27日の東京地裁判決によると、地面師グループの関係者は、別の関係者に対し、偽地主役の女性を呼び出して、偽造旅券と真の所有者名義の印鑑などを用いた改印手続や、印鑑登録証明書の取得を行わせるよう指示していました。

 

総括検証報告書によれば、地面師グループは、偽造パスポートを利用して真の所有者の印鑑登録に関する亡失の届出や改印手続を行い、印鑑登録証明書などを取得していました。

 

偽造されたパスポートと、実際に発行された証明書

ここが、今回の事件で特に重要なところです。

 

パスポートは偽造品でした。

 

しかし、その偽造パスポートなどを利用して取得された印鑑登録証明書は、公的機関から実際に交付されたものでした。

つまり、印鑑登録証明書そのものを偽造したわけではありません。

 

印鑑登録証明書は、登録されている印影などを証明する公的な書類です。

不動産登記の実務でも重要な役割を果たします。

 

しかし、今回の場合、その証明書は、本人になりすました人物による不正な手続を経て取得されていたのです。

公的機関が実際に発行した証明書であることと、その証明書を提示する人物が本当の所有者であることは、別の問題です。

証明書そのものが偽造品ではなくても、本人になりすました人物が不正に取得したものである可能性があります。

今回の事件では、その違いが表面化しました。

 

さらに地面師グループは、住民票、戸籍関係書類、固定資産評価証明書、不動産の登記事項証明書なども取得していました。

これらの書類には、真の所有者や不動産についての情報が記載されています。

公的機関が作成・交付した書類であっても、目の前にいる女性がその所有者本人であることまで保証するものではありません。

 

不動産登記の実務から見ても、この区別は重要です。

本人確認に利用する資料が複数存在する場合でも、それぞれの書類が何を証明し、何を証明していないのかを区別する必要があるからです。

 

ただし、今回の事件で具体的にどのような確認が必要だったのか、司法書士や弁護士の責任がどこまで問題になるのかは、個別の事実関係や法令を踏まえて判断すべき問題です。

その詳しい分析は、後の実務編で取り上げます。

 

5.登記済権利証、健康保険証――重ねられた本人確認資料

地面師グループが用意したのは、偽造パスポートだけではありませんでした。

 

総括検証報告書では、犯行に利用するため、次のような書類などが準備されていたと整理されています。

 

・ 真の所有者名義の偽造パスポート

・ 真の所有者名義の印鑑

・ 偽造された登記済権利証

・ 真の所有者名義の偽造健康保険証

 

このうち、登記済権利証は、不動産登記の実務で重要な意味を持つ書類です。

一般には「権利証」と呼ばれます。

 

今回の事件では、真の所有者の登記済権利証を装った偽造品が用意されていました。

 

総括検証報告書によると、その偽造品も非常に精巧に作られていました。

後の2017年4月24日の売買契約では、司法書士2名が提示された登記済権利証の原本を確認しましたが、偽造に気付くことはできませんでした。

ただし、登記済権利証を所持していることだけで、その人物が本当の所有者であると保証されるわけではありません。

 

また、偽造された健康保険証も準備されていました。

今回用意されたのは、当時の国民健康保険被保険者証を装ったものです。

 

総括検証報告書の別紙「本人確認資料一覧」では、この健康保険証も偽造品だったと整理されています。

 

一方、前章で紹介した印鑑登録証明書や住民票などは、公的機関から実際に交付された書類です。

 

同じように不動産取引で利用される資料であっても、その性質は異なります。

 

書類自体が偽造されているのか。

公的機関が実際に発行した書類なのか。

その書類は、どの事実を証明しているのか。

 

これらを混同することはできません。

 

今回の地面師グループは、偽造書類と公的証明書を組み合わせることで、偽地主役の女性を本物の所有者として見せる準備を進めていたのです。

 

6.書類も受け答えも整えられた「偽地主」

ここまでの経過を振り返ると、地面師グループが単に女性を一人用意しただけではなかったことが分かります。

 

真の所有者と年齢の近い女性を手配し、所有者の情報を教え込み、本人として振る舞うための教育を行う。

 

その一方で、偽造パスポートや登記済権利証などを準備し、公的機関から印鑑登録証明書等の交付も受けていました。

 

女性自身の受け答えと、所有者名義の複数の書類。

それぞれが、偽地主を本当の土地所有者だと信じさせるために利用されていきます。

 

もっとも、これほどの準備が行われたからといって、すべての取引相手が騙されたわけではありません。

実際、積水ハウスとの契約に至る前には、偽地主を疑い、取引から手を引いた買主候補もいました。

 

一方で、弁護士や公証人、司法書士などの専門家が関与する取引の中で、偽地主の本人性が信用されていったことも事実です。

この点には、不動産取引における本人確認の難しさが表れています。

 

ただし、ここまでの準備を一人の人物がすべて行ったわけではありません。

 

女性を紹介する人物。

本人として振る舞うための情報を教える人物。

偽造書類の準備に関わる人物。

女性を必要な場所へ呼び出し、連絡を取り合う人物。

そして、それぞれに指示を出す人物。

 

地面師グループには、こうした役割分担がありました。

 

次回は、偽地主役の女性を支えていた地面師グループの組織と人物関係を取り上げます。

誰が犯行を計画し、誰が指示を出し、どのような役割分担によって巨額の詐欺が進められたのか。

刑事判決をもとに、その構造を詳しく見ていきます。

 


主な参考資料

・ 積水ハウス株式会社総括検証委員会「総括検証報告書[公表版]」(2020年12月7日)、特に本文26~28頁、別紙3「地面師グループの役割分担」、別紙4「本人確認資料一覧」

・ 東京地方裁判所令和6年11月27日判決・令和2年(ワ)第24623号(損害賠償請求事件)

・ 東京地方裁判所令和元年7月17日、同年11月12日、令和2年3月17日、同年5月29日、同年6月10日の各刑事判決

・ 積水ハウス株式会社調査対策委員会「調査報告書」(2018年1月24日)

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