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積水ハウス地面師事件①|55億円の詐欺被害はなぜ起きたのか―五反田・海喜館の土地取引

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積水ハウス地面師事件① 警察が現地に来た日、49億円が支払われた

積水ハウス地面師事件① 警察が現地に来た日、49億円が支払われた

2026/10/22

2017年6月1日。

積水ハウスの会議室では、東京都品川区五反田の土地を購入するため、巨額の売買代金の決済が行われようとしていました。

 

売主として現れたのは、70歳程度と見られていた女性でした。

午前9時30分の集合予定でしたが、女性が到着したのは午前10時過ぎ。30分以上の遅刻です。

 

その日、土地の現地にいた積水ハウスの社員から、思いがけない連絡が入ります。

警察から任意同行を求められているというのです。

 

しかし、取引は中止されませんでした。

積水ハウスは所有権移転登記の申請が受け付けられたことを確認し、49億円を超える金額を支払いました。

 

ところが、売主として現れた女性は、本当の土地所有者ではありませんでした。

 

積水ハウスは、地面師グループによる組織的な詐欺に巻き込まれていたのです。

 

なぜ、これほど巨額の土地取引で、偽地主を本物だと信じてしまったのでしょうか。

 

事件後に明らかになった裁判記録や調査報告書を読むと、その経緯が見えてきます。

 

1.2017年6月1日――警察からの連絡、それでも決済は続いた

この日、積水ハウスの会議室には、売主を名乗る女性のほか、弁護士、売主の財務担当者を名乗る男性、中間業者の関係者、積水ハウスの社員らが集まっていました。

 

土地の売買価格は70億円。

既に手付金14億円が支払われており、この日は残代金のうち49億円を支払う予定でした。

 

一方、積水ハウスの技術室課長は、売買対象となる建物の現地で待機していました。

その課長から、決済会場にいる担当者へ電話が入ります。

建物内に電気がついており、勝手口には釘止めがされているという報告でした。

 

積水ハウスの営業次長がこのことを売主の財務担当者を名乗る男性に伝えると、男性は、数日前に自分が電気をつけたと説明しました。

 

その後、現地の技術室課長から再び電話が入ります。

今度は、通報を受けた警察から任意同行を求められているという内容でした。

 

実際には、本当の土地所有者の親族からの通報を受け、警察官が現地に来ていたのです。

 

営業次長は、この連絡を決済会場にいた関係者へ伝えました。

 

しかし、その場では、土地の売買を妨害しようとする人物による通報だろうという結論になり、決済を続行することになりました。

 

その後、法務局にいた司法書士から、所有権移転登記の申請が受け付けられたとの報告が入ります。

積水ハウスは、中間業者側に対し、残代金49億円と固定資産税等の清算金を合わせた49億819万3309円を、8通の預金小切手で支払いました。

 

ただし、この時点で所有権移転登記が完了したわけではありません。

登記申請が受け付けられたことと、実際に登記が完了することは別です。

この違いが、後に重大な意味を持つことになります。

 

なぜ、警察からの連絡があっても取引を止めなかったのか。

その背景を理解するため、事件の始まりまで時間を戻します。

 

2.舞台は五反田――長年売りに出なかった元旅館の土地

舞台となったのは、東京都品川区西五反田二丁目にある土地4筆と、その上に建つ3棟の建物です。

五反田駅に近い、都心の希少な土地でした。

この場所には、かつて「海喜館」という旅館がありました。しかし、事件当時は長らく営業していない状態でした。

土地の所有者は、この不動産を決して売却しようとしない人物として、不動産業者の間では知られていました。

立地が良く、開発用地としての価値も高い。それでも、所有者が売らなければ取引は成立しません。

 

そのような土地が、突然売りに出たのです。

 

積水ハウスは、この土地をマンション開発用地として取得しようと考えました。

最終的な売買価格は70億円。

 

しかし、この取引には、最初から本当の土地所有者の売却意思が存在していませんでした。

所有者に成りすました女性が、勝手に土地を売ろうとしていたからです。

他人の土地を、所有者のふりをして売却し、代金を騙し取る。

これが、いわゆる地面師詐欺です。

 

もっとも、今回の事件は、偽地主の女性が一人で不動産会社を騙したというものではありませんでした。

その背後では、複数の人物が役割を分担し、犯行の準備を進めていました。

 

3.2016年末、地面師たちは動き始めていた

後の刑事裁判で明らかになったところによると、地面師グループの関係者は、2016年末頃から本件土地に関する資料を入手し、2017年初めには成りすまし役の手配などを進めていました。

地面師グループが収集したのは、土地の登記情報や、本当の所有者の氏名、住所、家族関係などの情報です。

現地にも足を運び、土地の利用状況などを調べていました。

 

さらに、本当の所有者と年齢の近い女性を、成りすまし役として用意しました。

女性には所有者の情報を教え込み、本人であるかのように振る舞うための教育や指導が行われました。

そして、所有者名義の偽造パスポートが作られます。

地面師グループは、この偽造パスポートを利用して、所有者の印鑑登録について亡失届を出し、新しい印鑑を登録する手続を行いました。

 

さらに、印鑑登録証明書や住民票、固定資産評価証明書など、不動産売買に必要な書類も取得しています。

 

つまり、地面師グループが用意した書類は、すべてが偽造品だったわけではありません。

偽造された身分証明書を利用して、公的機関から実際に証明書の交付を受けていたのです。

 

これは、不動産登記の実務を考えるうえでも見逃せない問題です。

 

そして、犯行を支えたのは偽地主の女性だけではありませんでした。

犯行を計画・指示する人物、買主を探す人物、偽地主の言動を補う人物、書類や道具の受け渡しをする人物など、複数の役割が分担されていました。

偽地主が質問にうまく答えられなくても、周囲の人物が説明して取り繕う。

そのような仕組みが作られていたのです。

 

こうして地面師グループは、土地の買主を探し始めました。

 

4.70億円の売買契約――積水ハウスはなぜ偽地主を信じたのか

2017年3月27日頃、積水ハウスの営業次長に、知人の中間業者から五反田の土地の情報が持ち込まれました。

この営業次長は、土地が売却されるかもしれないという噂を耳にしていました。

 

しかし、その知人は不動産売買の専門家ではありませんでした。

本当にこの土地を扱えるのだろうか。

営業次長は当初、そのような疑問を抱き、知人に対して次のように伝えています。

「騙されないように注意してください。」

 

ところが、4月になると取引は急速に具体化します。

 

公証人による認証が信用を高めた

4月3日、偽地主と中間業者側の会社との間で売買契約が締結されました。

同日、公証役場では、偽地主が持参したパスポート等によって本人確認が行われ、登記委任状について公証人による認証がされました。

 

ここで行われたのは、公証人による私署証書の認証です。

公証人が売買契約の真正性や、不動産の所有権そのものを保証したわけではありません。

 

しかし、積水ハウスの営業次長は、公証役場で本人確認が行われたことを知り、土地の購入が現実的な案件になったと考えました。

 

それまで疑いを持っていた取引が、公証人の関与によって信用できるものに見えてきたのです。

 

4月24日、70億円の契約が成立

4月20日、積水ハウスの担当者は、偽地主の女性と初めて面談しました。

この場には、中間業者の関係者と2名の司法書士も出席しています。

偽地主は、パスポート、印鑑登録証明書、住民票などの原本と、登記済権利証のカラーコピーを提示しました。

 

そして4月24日、売買契約が締結されます。

契約の構造は、次のようなものでした。

 

偽地主から中間業者側の会社へ、60億円で売却する。

その会社から積水ハウスへ、70億円で転売する。

 

なお、4月24日の契約では、4月3日の契約を解除し、買主となる会社も変更されていました。

積水ハウスが真の所有者から直接購入するのではなく、中間業者側の会社を介した取引だったのです。

 

契約当日、2名の司法書士は、偽地主が持参したパスポート、印鑑登録証明書、住民票、登記済権利証の原本を確認しました。

登記済権利証も偽造品でしたが、非常に精巧に作られており、司法書士らは偽造に気付きませんでした。

 

その後、司法書士らが法務局へ仮登記を申請します。

偽地主から中間業者側の会社への所有権移転請求権仮登記と、その所有権移転請求権の移転を求める積水ハウス側の仮登記です。

 

積水ハウスは登記申請が受け付けられたことを確認した後、14億円の手付金を支払いました。

 

その後、仮登記は実際に完了しています。

 

しかし、仮登記が完了したことは、売主が本当の所有者であることや、売買契約が真正に成立したことを保証するものではありません。

この点は、後の回で登記制度の仕組みから詳しく取り上げます。

 

こうして70億円の土地取引が進んでいきました。

 

ところが、契約から間もなく、取引の前提を根底から覆しかねない書面が届きます。

 

5.「私は売っていない」――決済前に届いていた警告

5月10日、積水ハウスの大阪本社に、土地の所有者名義の内容証明郵便が届きました。

そこには、土地の売買契約を締結していないことや、仮登記に使用された印鑑は本当の所有者の実印ではないことなどが書かれていました。

 

翌11日には、さらに2通の内容証明郵便が届きます。

 

そして5月23日にも、もう1通。

 

合計4通の内容証明郵便が、積水ハウスに届いたのです。

 

これらの書面には、本当の所有者が入院中であり、4月24日の売買契約に出席できる状態ではなかったことや、印鑑登録証のカード番号など、具体的な情報も記載されていました。

 

なお、後の刑事裁判では、これらの通知書を出したのは真の所有者本人ではなく、その弟だったと認定されています。

 

積水ハウス側は、通知書に差出人の現在の居所や連絡先が記載されていないことなどを不審に感じていました。

 

一方、公証人による認証があり、司法書士が書類を確認し、仮登記も完了している。

そうした事情から、取引に現れた女性が偽地主であるとは考えにくいと判断していました。

 

もっとも、追加の本人確認を行うことにはなりました。

 

5月19日には、建物の内覧が実施されます。

当初は売主の女性自身が鍵を持参する予定でしたが、女性は現れませんでした。代わりに弁護士が鍵を持参し、建物の勝手口を開けて内覧が行われました。

 

5月23日には、偽地主が積水ハウスの関係者と面談し、問題の通知書は自分が出したものではないという趣旨の確約書に署名押印しました。

 

また、この頃、当初7月31日とされていた残代金の決済日を、6月1日に前倒しすることも決まりました。

決済を早めれば、取引妨害と考えていた動きを収められるのではないか。

そのような考えも、決済前倒しの背景にありました。

 

ただし、70億円全額を6月1日に支払うわけではありません。

49億円を6月1日に支払い、残る7億円は建物の解体や境界確認等を待って留保するという変更でした。

 

ところが、決済前日の5月31日、新たな問題が発生します。

 

偽地主が、本登記に必要な登記済権利証を持参しなかったのです。

 

そこで、弁護士が作成する本人確認情報を利用して登記申請を行うことになりました。

その本人確認の際、女性が自分の生年月日を忘れたと言ってパスポートを確認したり、干支を間違えたりする場面もありました。

これらの事情は司法書士から報告されましたが、その場ではそれ以上大きな問題とはされませんでした。

 

内容証明による警告、追加の本人確認、決済の前倒し、そして権利証の不持参。

こうした出来事が重なる中で、6月1日を迎えます。

 

6.所有権移転の本登記は却下――残された約55億円の損害

冒頭の決済当日に戻ります。

 

2017年6月1日、積水ハウスは、現地から警察に関する連絡を受けながら、巨額の決済を実行しました。

所有権移転登記の申請も受け付けられました。

 

しかし、法務局では、これとは別に真の所有者側からの不正登記防止申出を受けて、調査が進められていました。

この申出が行われたのは、決済より前の5月9日です。

 

法務局の調査では、弁護士作成の本人確認情報に添付された国民健康保険被保険者証の写しが、偽造されたものであると判明しました。

法務局は、所有権移転登記申請が真正になされていないと判断します。

 

6月6日、法務局から積水ハウス側に対し、登記申請を却下する方針が伝えられました。

 

そして6月9日、正式に申請が却下されます。

積水ハウスへの所有権移転登記は、最後まで完了しなかったのです。

 

しかし、その時点では既に多額の売買代金が支払われていました。

積水ハウスが支払った売買代金は、4月24日の14億円と6月1日の49億円で、合計63億円。

固定資産税等の清算金を含めると、実際の交付額は63億819万3309円に上ります。

 

一方、偽地主との分譲マンション売買に伴う金銭の処理等があり、積水ハウスは2018年1月期の連結決算で、55億5900万円を特別損失として計上しました。

 

これが、約55億円の被害が発生した積水ハウス地面師事件です。

 

その後、地面師グループの関係者10名が起訴され、全員に刑事第一審の有罪判決が言い渡されました。

 

また、2024年11月27日、東京地方裁判所は、地面師側の5名について共同不法行為の成立を認め、積水ハウスに対して連帯して10億円を支払うよう命じました。

これは損害の一部についての賠償命令であり、10億円が実際に回収されたという意味ではありません。

 

一方、積水ハウスの当時の取締役らに損害賠償を求めた株主代表訴訟では、裁判所は取締役らの法的責任を認めませんでした。

地面師側の犯罪責任と、騙された企業の役員の責任とは、法律上、判断される問題が異なります。

 

では、この事件で積水ハウスは、いったい何を信じていたのでしょうか。

 

公証人による認証。

司法書士による書類確認。

実際に完了した仮登記。

 

その一方で届いていた、真の所有者側からの警告。

 

裁判記録をたどると、こうした事情が積み重なる中で巨額の詐欺被害が発生した経過が見えてきます。

 

次回は、事件の舞台となった五反田の元旅館「海喜館」に焦点を当てます。

長年売却されなかった土地が、なぜ地面師に狙われたのか。

その背景から事件をたどっていきます。

 


主な参考資料

・ 積水ハウス株式会社総括検証委員会「総括検証報告書[公表版]」(2020年12月7日)

・ 積水ハウス株式会社調査対策委員会「調査報告書」(2018年1月24日)

・ 東京地方裁判所令和6年11月27日判決・令和2年(ワ)第24623号(損害賠償請求事件)

・ 東京地方裁判所令和元年7月17日、同年11月12日、令和2年3月17日、同年5月29日、同年6月10日の各刑事判決

・ 大阪地方裁判所令和4年5月20日判決・大阪高等裁判所同年12月8日判決(株主代表訴訟)

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