外国人の生活保護訴訟、最高裁で敗訴確定――それでも「除外は合憲」と判断したわけではない【外国人の生活保護・3回】
2026/10/21
人工透析を必要とするガーナ人男性が生活保護を申請し、千葉市に却下された事件。
第2回では、千葉地裁・東京高裁が男性の請求を認めず、外国人を生活保護法の対象から除外していることについても、憲法違反ではないと判断した経緯を説明しました。
令和8年(2026年)9月9日、最高裁第二小法廷は男性の上告を棄却し、敗訴が確定しました。
では、最高裁も「外国人を生活保護法の対象から除外することは、憲法上問題ない」と判断したのでしょうか。
実は、最高裁の多数意見は、その憲法問題について判断していません。
一方、三浦守裁判官は反対意見を述べ、一定の外国人を生活保護法の対象から除外することは、憲法25条・14条に違反すると考えました。
同じ最高裁決定の中に、上告棄却という結論と、外国人の生活保護をめぐる重要な憲法上の問題提起が存在しているのです。
令和8年9月9日、最高裁は上告を棄却した
最高裁第二小法廷は、令和8年9月9日、ガーナ人男性の上告を棄却する決定をしました。
事件番号は、令和6年(行ツ)第372号です。
決定の主文は、
「本件上告を棄却する。」
というものでした。
男性の請求を認めなかった東京高裁判決が覆ることはなく、原告の敗訴が確定しました。
ただし、ここで注意したいのは、最高裁がどのような理由で上告を棄却したのかという点です。
最高裁が示した理由は、民事訴訟法312条1項・2項に関するものでした。
同条は、最高裁への上告が認められる理由を定めています。
最高裁は、今回の上告理由について、
「明らかに上記各項に規定する事由に該当しない」
と判断しました。
つまり、最高裁は、法律で定められた上告理由に該当しないとして上告を棄却したのです。
ここで、外国人を生活保護法の対象から除外することが憲法に違反するかどうかについて、詳しい理由を示して判断したわけではありません。
最高裁多数意見は憲法問題について判断していない
今回の決定で最も重要なのは、この点です。
千葉地裁と東京高裁は、外国人を生活保護法の対象から除外していることについて、憲法違反ではないと判断しました。
しかし、下級審が合憲と判断したことと、最高裁も同じ憲法判断をしたことは別です。
今回の最高裁多数意見は、上告理由が民事訴訟法312条の要件に該当しないとして上告を棄却しました。
外国人を生活保護法上の受給権者から除外することが、憲法25条や14条に違反するかどうかについては、実体的な判断を示していません。
この点は、三浦裁判官も反対意見の冒頭で明確に指摘しています。
したがって、今回の最高裁決定について、
「最高裁が外国人への生活保護の除外を合憲と判断した」
と説明するのは正確ではありません。
一方で、憲法問題について判断しなかったからといって、最高裁多数意見が違憲の可能性を認めたということにもなりません。
上告を棄却したという裁判の結論と、憲法問題について何を判断したのかは、分けて理解する必要があります。
高須裁判官の補足意見――外国人への保護が続いてきた経緯
今回の決定には、高須順一裁判官の補足意見が付されています。
高須裁判官は、上告を棄却する多数意見に賛同したうえで、外国人への生活保護が行われてきた経緯について説明しています。
昭和29年通知による保護と難民条約への加入
第1回で説明したとおり、外国人に対しては、昭和29年の厚生省社会局長通知に基づき、行政措置として生活保護に準じた保護が行われてきました。
高須裁判官は、この取扱いが現在も続いている事実を指摘しています。
さらに、昭和56年(1981年)に日本が難民条約等へ加入する際の経緯にも触れています。
このとき、日本では国民年金法などの社会保障関係法について、国籍要件を撤廃する法改正が行われました。
一方、生活保護法については、外国人に対する保護が昭和29年通知に基づいて既に実施されていたことが考慮され、国籍要件を撤廃する法改正は行われませんでした。
高須裁判官は、外国人への生活保護の在り方を議論する際には、こうした事実と経緯を踏まえる必要があると述べています。
重要なのは、高須裁判官が外国人を生活保護法の対象から除外することを違憲と判断したわけではないという点です。
また、行政措置としての現在の仕組みを変更すべきだと結論付けたわけでもありません。
多数意見に賛同しつつ、昭和29年通知による保護が、その後の難民条約への加入に伴う社会保障関係法の整備においても考慮されてきたという歴史的経緯を指摘したものです。
三浦裁判官の反対意見――一定の外国人の除外は憲法違反
今回の最高裁決定で、最も踏み込んだ憲法判断を示したのが、三浦守裁判官です。
三浦裁判官は、上告を棄却する多数意見に反対しました。
その理由は、生活保護法1条・2条が保護の対象を「国民」に限定している部分について、少なくとも一定の外国人を除外する限度で憲法25条・14条1項に違反し、無効であると考えたためです。
三浦裁判官は、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻すべきだと述べています。
ただし、反対意見が採用されたわけではありません。また、三浦裁判官自身も、直ちに原告への生活保護の支給を命じるべきだと述べたのではなく、さらに審理を尽くさせるために差し戻すべきだとしています。
どのような外国人について違憲と考えたのか
三浦裁判官は、すべての外国人について一律に生活保護法上の受給権を認めるべきだと述べたわけではありません。
少なくとも、次の外国人を生活保護法の対象から除外する部分が違憲であると考えています。
・ 難民の認定を受けている外国人
・ 補完的保護対象者の認定を受けている外国人
・ 療養活動の指定を受けた「特定活動」の在留資格で日本に在留する外国人
補完的保護対象者とは、難民として認定される要件のうち、迫害を受けるおそれがある理由についての要件は満たさないものの、それ以外の要件を満たし、保護の対象となる外国人です。
また、ここでいう「療養活動外国人」は、今回の原告のように、日本の医療機関で治療を受ける必要がある特別の事情があり、疾病などのための療養活動を指定された外国人を指します。
すべての「特定活動」の在留資格を有する外国人が含まれるわけではありません。
三浦裁判官は「少なくとも」と限定した理由について、今回の事件を判断するために必要な範囲で述べたものだと説明しています。
それ以外の外国人を生活保護法の対象から除外することが合憲であると判断したわけでもありません。
憲法25条の生存権と14条の平等原則
三浦裁判官の反対意見の核心は、憲法25条と14条の関係にあります。
憲法25条は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を定めています。
三浦裁判官は、この権利が人間の生存と尊厳という普遍的な価値を基礎とする以上、権利の性質上、日本国民だけを対象とするものとはいえないと考えました。
もっとも、憲法25条の理念を、具体的にどのような社会保障制度として実現するかについては、立法府に広い裁量が認められます。
ここまでは、従来の最高裁判例でも示されてきた考え方です。
しかし、三浦裁判官は、次の二つを区別しました。
一つは、社会保障制度の内容をどのように設計するかという問題です。
もう一つは、既に法律で具体化された権利について、国籍を理由に誰を対象とし、誰を除外するかという問題です。
生活保護法は、憲法25条の理念を具体化した法律です。
その法律が定める保護を受ける権利について、日本国民と外国人を区別するのであれば、合理的な根拠が必要になるというのが三浦裁判官の考え方です。
そして、その合理性を判断する際には、憲法14条1項の法の下の平等も問題になります。
つまり、社会保障制度の設計について立法府に広い裁量があるからといって、国籍による対象者の区別まで無条件に認められるわけではないという論理です。
この区別は、三浦反対意見を理解するうえで非常に重要です。
本国に帰国して保護を受けることが困難な事情
では、三浦裁判官は、なぜ先ほどの三つの類型の外国人について、国籍による区別に合理性がないと考えたのでしょうか。
重視したのは、本国に帰国して、その国の保護を受けることが困難な特別の事情です。
難民や補完的保護対象者については、帰国すれば生命や自由が脅かされるおそれがあり、本国の保護を受けることが困難な事情があります。
一方、療養活動外国人については、日本の医療機関で治療を受ける必要がある特別の事情が認められています。
三浦裁判官は、このような外国人が生活に困窮し、最低限度の生活を維持できなくなった場合に、必要な保護を否定することは、人間の生存や尊厳に重大な影響を及ぼすと考えました。
そして、こうした事情を持つ外国人について、日本国民と異なる法律上の取扱いをする合理的な根拠を見いだし難いと判断しています。
これは単に、重病の外国人を保護すべきだという感情的な主張ではありません。
帰国して本国の保護を受けることが困難な特別の事情を、国籍による区別の合理性を判断する重要な要素として位置付けているのです。
働けない外国人は生活保護制度の対象にならないのか
三浦反対意見には、生活保護制度の「自立」についても重要な指摘があります。
今回の原告は、療養目的の「特定活動」により日本での在留を認められていましたが、指定された活動から収入を伴う事業や報酬を受ける活動が除外されていました。
そこで問題になるのが、働くことが認められていない外国人について、生活保護制度が予定する「自立の助長」を図ることができるのか、という点です。
三浦裁判官は、生活保護法のいう自立は、就労による経済的自立だけを意味するものではないと指摘しています。
身体や精神の健康を回復・維持し、自分で健康や生活を管理することも自立の一つです。
また、社会的なつながりを回復・維持し、社会生活を送ることも自立に含まれます。
これらは、日常生活自立支援や社会生活自立支援と呼ばれるものです。
さらに、生活保護法4条1項は、利用できる資産や能力などを活用することを保護の要件としています。これを「補足性の原理」といいます。
三浦裁判官は、疾病などによって働くことができず、利用できる資産や能力等を活用しても最低限度の生活を維持できない場合には、この補足性の要件を満たすと考えました。
就労活動が禁止されていることも、それだけで直ちに保護を否定する理由にはならないとしています。
つまり、三浦裁判官は、働くことができない、あるいは就労が認められていないという事情を、生活保護制度による保護を否定する理由として単純に扱うことはできないと考えたのです。
この指摘は、外国人の生活保護に限らず、生活保護制度における「自立」の意味を考えるうえでも興味深いものです。
平成元年最高裁判決との関係
第2回で説明したとおり、東京高裁は、社会保障施策について、限られた財源の下では自国民を外国人より優先的に扱うことも許容されるという考え方を示しました。
この議論には、平成元年(1989年)3月2日の最高裁判決が関係しています。
この判決は、旧国民年金法における無拠出制の障害福祉年金について、当時設けられていた国籍要件の憲法適合性が争われた事件です。
最高裁は、社会保障施策において外国人をどのように扱うかについては、外交関係や国内の政治・経済・社会情勢等を考慮した政治的判断によって決定でき、限られた財源の下で自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるという趣旨を述べました。
しかし、三浦裁判官は、この平成元年判決の射程を限定的に捉えています。
平成元年判決は、当時の国民年金制度における特定の給付と国籍要件について判断したものであり、今回の生活保護法1条・2条の憲法適合性まで判断したものではないと考えたのです。
過去の最高裁判例で社会保障制度における国籍による区別が認められたとしても、それを根拠に、今回の生活保護法上の除外まで当然に合憲となるわけではない。
これが、三浦裁判官の指摘です。
国際人権条約との関係
三浦裁判官は、社会権規約や難民条約についても検討しています。
社会権規約は、社会保障についての権利を認めるとともに、規約上の権利を差別なく行使できることを保障するよう求めています。
三浦裁判官は、社会権規約によって直ちに個人に具体的な生活保護受給権が発生すると考えたわけではありません。
一方で、国内法によって社会保障に関する権利が具体化されている場合には、その権利を合理的な理由なく差別的に取り扱ってよいわけではないと考えています。
さらに、三浦裁判官は、社会権規約2条2項の差別なく権利を行使できることを保障する義務について、社会保障上の権利の実現が段階的に進められるものであることとは区別し、即時に効力を有するものと解しています。
そして、社会権規約や難民条約による保障、憲法98条2項の条約遵守義務なども踏まえて、一定の外国人を生活保護法の対象から除外することの合理性を検討しました。
ここでも中心にあるのは、社会保障をどのように制度化するかという問題と、具体化された権利の主体を国籍によって区別することの合理性は別であるという考え方です。
平成26年最高裁判決と矛盾するのか
ここで、第1回で取り上げた平成26年7月18日の最高裁判決との関係を整理しておきます。
平成26年最高裁判決は、生活保護法1条・2条の「国民」とは日本国民を意味し、外国人には生活保護法に基づく受給権がないと判断しました。
一方、今回の三浦裁判官は、一定の外国人について、生活保護法から除外する部分が憲法25条・14条に違反するため無効であると考えています。
一見すると、二つは矛盾するように見えるかもしれません。
しかし、問題にしているのは異なる論点です。
平成26年判決は、現行の生活保護法が誰を受給権者として定めているのかを判断しました。
これに対し、三浦反対意見は、生活保護法が外国人を受給権者から除外しているとしても、その法律上の区別が憲法に適合しているのかを問題にしています。
法律の文言を解釈することと、その法律の規定が憲法に違反しないかを判断することは、別の問題です。
三浦裁判官は、一定の外国人を除外する部分が違憲・無効となれば、その過剰な限定が取り除かれることによって、当該外国人は生活保護法に基づく受給権を有すると解しています。
この解釈について、法律にない新たな権利を裁判所が創設するものではないとも述べています。
ただし、これは三浦裁判官の反対意見であり、最高裁多数意見が採用したものではありません。
また、この考え方によって直ちに原告への保護開始が確定するわけではなく、三浦裁判官は、さらに審理を尽くすため原判決を破棄して差し戻すべきだとしています。
令和8年の決定によって、平成26年最高裁判決が変更されたわけではありません。
行政措置として保護が行われていれば十分なのか
今回の事件を考えるうえで、もう一つ重要なのが、昭和29年通知による行政措置の法的な性質です。
一定の外国人については、生活保護法上の受給権がなくても、行政措置として生活保護に準じた保護が行われています。
現実に必要な給付が行われるのであれば、法律上の受給権がなくても問題はないのでしょうか。
三浦裁判官は、この点も詳しく検討しています。
生活保護法による保護は、法律に基づいて地方公共団体が実施する事務です。
一方、三浦裁判官は、昭和29年通知に基づく外国人への行政措置について、地方公共団体の自治事務に当たると考えました。
自治事務とは、地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外のものをいいます。
三浦裁判官は、昭和29年通知やその後の行政上の説明・事務連絡についても、地方公共団体が尊重すべき技術的な助言等ではあるものの、法的に従う義務があるものではないと整理しています。
そのうえで、行政措置としての保護は、地方公共団体の裁量により、当事者との契約に基づいて行うものと解しています。
この理解によれば、行政措置としての保護が認められなかった場合には、生活保護法に基づく保護の場合とは異なり、行政不服審査法上の不服申立て等によって是正を求めることはできません。
現実に保護を受けることができる場合があることと、その保護を法律上の受給権として請求し、拒否された場合に行政不服申立て等によって争えることは異なります。
これは第1回で説明した、生活保護法上の受給権と行政措置との違いそのものです。
ただし、ここで説明した自治事務としての位置付けや契約に基づく保護という法律構成は、三浦裁判官が反対意見で示した分析です。
今回の最高裁多数意見が、この構成を採用して判断したわけではありません。
外国人の生活保護制度には何が残されたのか
今回の最高裁決定によって、ガーナ人男性の敗訴は確定しました。
しかし、外国人を生活保護法上の受給権者から除外することが憲法に違反するかどうかについて、最高裁多数意見は判断を示しませんでした。
高須裁判官は、昭和29年通知による行政措置が続けられてきた歴史的経緯を重視しました。
一方、三浦裁判官は、少なくとも難民、補完的保護対象者、療養活動外国人を生活保護法の対象から除外する部分は憲法25条・14条に違反すると考え、原判決を破棄して差し戻すべきだと述べました。
そして三浦裁判官は、反対意見の最後で、外国人への生活保護を長年にわたって法律上の制度として定めず、地方公共団体の裁量に委ねてきたことについて、立法府の責務にも言及しています。
昭和29年に「当分の間」として始まった外国人への生活保護の行政措置は、2026年現在で70年以上続いています。
その間、日本の社会保障制度や外国人の在留制度は大きく変化しました。
しかし、外国人に対する生活保護については、法律上の受給権と行政措置による事実上の保護という違いが、現在も残っています。
この問題については、外国人に対する保護を認める範囲だけでなく、在留資格や生活状況による区別、給付の要件、行政庁の裁量、拒否された場合の法的救済など、検討すべき点があります。
もちろん、対象をどこまで広げるのか、公費による給付をどのように設計するのかは、社会保障政策として判断すべき問題でもあります。
今回の最高裁決定は、こうした制度上の問題について最終的な答えを示したものではありません。
外国人への生活保護をどの範囲で認めるのか。そして、その取扱いを行政措置に委ねたままでよいのか、それとも法律によって対象や要件を明確にすべきなのか。
令和8年最高裁決定は、この問題を改めて考える契機となるものです。
全3回にわたり、外国人の生活保護について、平成26年最高裁判決、ガーナ人男性の生活保護訴訟、令和8年最高裁決定を取り上げました。
制度の内容や裁判の結論について、賛否とは別に、法律が何を定め、裁判所が何を判断し、何がなお判断されていないのかを区別することが重要だと考えます。
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