中野司法書士事務所

積水ハウス地面師事件②|五反田「海喜館」の土地はなぜ狙われた?55億円詐欺事件の発端

お問い合わせはこちら

積水ハウス地面師事件② 売らないはずの土地「海喜館」は、なぜ狙われたのか

積水ハウス地面師事件② 売らないはずの土地「海喜館」は、なぜ狙われたのか

2026/10/23

東京都品川区の五反田駅近くに、不動産業者の間でよく知られた土地がありました。

駅に近く、まとまった広さがあり、開発用地としての魅力も高い。

 

ところが、その土地は、なかなか売買の対象になりませんでした。

所有者が、土地を売ろうとしなかったからです。

 

そこに、突然、売却の話が持ち上がります。

しかも、その土地は後に70億円もの売買契約の対象となり、日本を代表する住宅メーカー、積水ハウスが約55億円の損害を被る地面師事件へと発展しました。

 

しかし、本当の所有者が売却を決めたわけではありません。

所有者の知らないところで、地面師グループが土地の売却話を進めていたのです。

事件の舞台となった元旅館「海喜館」とは、どのような不動産だったのでしょうか。

 

1.五反田駅近くに残っていた元旅館「海喜館」

事件の舞台は、東京都品川区西五反田二丁目。

JR五反田駅から徒歩約4分の場所にある、土地4筆と建物3棟などからなる不動産でした。

敷地面積は約600坪。都心の駅近くとしては、まとまった広さのある土地です。

この場所では、かつて「海喜館」という旅館が営業していました。

ただし、2017年の事件当時、旅館は長らく営業していない状態でした。

 

大阪地方裁判所の株主代表訴訟判決に引用された積水ハウスの社内稟議書には、閉館した旅館の建物が残り、敷地の一部が駐車場として利用されていたことが記載されています。

 

積水ハウスが2020年に公表した総括検証報告書も、この土地について、五反田駅近くの好立地にある希少な物件だったと説明しています。

 

実際、積水ハウスは、この土地を分譲マンションの開発用地として取得しようと考えました。

 

後に積水ハウスが締結した売買契約の代金は70億円。

それほどの金額を投じてでも取得したいと考えた土地だったのです。

 

しかし、旅館が長く営業していなかったことと、所有者が土地を売却したいと考えているかどうかは別の問題です。

 

この土地には、本当の所有者がいました。

そして、その所有者は、土地を売却しないことで知られていたのです。

 

2.「決して売らない土地」として知られていた

総括検証報告書には、海喜館の土地について、次のような記載があります。

「所有者が決して売却しようとしない物件」

 

そのような土地として、不動産業者の間では有名だったというのです。

 

不動産会社が魅力的だと考える土地でも、買主が購入を希望するだけで、所有権を取得できるわけではありません。

また、所有者ではない第三者が勝手に売買契約を結んだとしても、その契約だけで真の所有者の権利を移転させることはできません。

 

海喜館は、真の所有者に売却する意思がないことで知られた土地でした。

 

しかし、2017年になると、この土地が売却されるかもしれないという情報が不動産関係者の間に現れます。

本当に所有者の気持ちが変わったのでしょうか。

 

そうではありませんでした。

後の裁判で明らかになったのは、真の所有者とは別の女性が、所有者になりすまして売買交渉に現れていたという事実です。

本当の所有者の意思とは無関係に、他人の土地が売却されようとしていたのです。

 

ここで一つ注意したいことがあります。

土地が売りに出たという情報と、土地所有者本人に売却する意思があるということは、同じではありません。

不動産の売却話が持ち込まれたとき、その情報が誰から、どのような経路で伝わってきたのか。

 

今回の事件では、その経路をたどると、土地所有者とは無関係な人物たちの存在が見えてきます。

 

3.なぜ、この土地に不動産会社が関心を持ったのか

海喜館の土地には、不動産会社が関心を持つ理由がありました。

 

五反田駅から徒歩約4分という立地。

約600坪という、都心では希少なまとまった規模の土地。

さらに、長年売却されなかったため、取得の機会そのものが限られていたことです。

 

積水ハウスの社内稟議書によると、この土地は商業地域にあり、容積率は700%とされていました。

容積率とは、敷地面積に対して、原則としてどの程度の延べ床面積の建物を建てられるかを示す割合です。

もちろん、実際に建てられる建物の規模は、容積率だけで決まるわけではありません。

 

しかし、積水ハウスは、この土地を高度に利用できるマンション開発用地として評価していました。

実際、社内稟議書には、地上30階建て・256戸の分譲マンションを建設する計画が記載されていました。

それは当時の事業計画であり、実際に建設されたという意味ではありません。

 

総括検証報告書によれば、積水ハウスの関係者も、今回のような大型物件を好条件で仕入れる機会はめったにないと認識していました。

 

不動産開発では、そもそも事業に適した土地を取得できなければ、計画を始めることができません。

土地の取得は、事業の出発点です。

そのため、魅力的な土地が売却されるという情報は、不動産会社にとって大きな関心事になります。

 

もっとも、70億円という価格が市場相場より安かったかどうかは、また別の問題です。

 

今回の事件で確認できるのは、積水ハウス側が、この大型物件を取得する機会を貴重なものと考えていたということです。

 

そして、地面師グループが売却話を持ち込んだ相手は、積水ハウスだけではありませんでした。

複数の買主候補に対して、土地の売却話が進められていたのです。

 

4.土地と所有者の情報を集めていた地面師グループ

地面師グループは、いきなり所有者のふりをして売買交渉を始めたわけではありません。

 

事前に、土地とその所有者について調べていました。

2024年11月27日の東京地方裁判所の民事判決では、犯行準備について、次のような事実が認定されています。

 

2016年11月頃、地面師グループの関係者の一人は、知人に依頼して、海喜館の土地の公図と登記情報を入手しました。

さらに、同年12月頃には、別の関係者も海喜館の土地に関する資料を入手しています。

2017年に入る前から、既に土地についての調査が進んでいたのです。

 

後の刑事裁判で認定された事実をまとめた総括検証報告書によると、地面師グループは、土地の登記簿、固定資産評価証明書、所有者の住民票などを収集していました。

 

また、現地にも足を運び、土地の利用状況について情報を集めていました。

 

不動産の登記簿を確認すれば、登記上の所有者や土地の所在、地番などを調べることができます。

しかし、登記簿を見ただけで、所有者が土地を売りたがっているかどうかまで分かるわけではありません。

 

また、登記上の所有者が誰であるかという情報と、実際に売主として現れた人物がその所有者本人であるかという問題も別です。

 

地面師グループは、こうした土地や所有者に関する資料を集め、真の所有者になりすますための準備を進めていました。

 

総括検証報告書によれば、2017年1月頃までには、犯行の上位者らの間で、所有者の成りすまし役を用いた詐欺について共謀が成立していました。

 

これと並行して、実際に所有者と年齢の近い女性を成りすまし役として手配するなど、準備が進められていました。

 

ただし、ここで区別しておきたいことがあります。

海喜館の土地が好立地で、長年売却されていなかったことは、資料から確認できます。

 

一方、犯人たちが、なぜ数ある不動産の中からこの土地を選んだのか、その具体的な理由のすべてが明らかになっているわけではありません。

 

総括検証委員会も、刑事判決を総合しても犯行の詳細が完全に解明されたわけではないことを指摘しています。

それでも、土地や所有者に関する情報収集、成りすまし役の手配、複数の関係者による役割分担など、組織的な準備が行われていたことは明らかになっています。

 

では、そうして用意された売却話は、どのように買主候補へ伝わっていったのでしょうか。

 

5.地面師の売却話は、どこへ持ち込まれたのか

地面師グループは、海喜館の土地を購入する相手を探していました。

 

総括検証報告書によると、地面師側は、中国系の投資会社など複数の買主候補とも交渉していました。

売却話が持ち込まれたのは、積水ハウスが最初ではなかったのです。

 

そうした中、地面師グループは、知り合いの不動産ブローカーから、仲介者を通じて、ある人物が海喜館の土地の購入に前向きだという情報を得ます。

この人物は、後に積水ハウスとの間に入って土地取引を進めることになる中間業者の関係者でした。

 

地面師グループは、地主に近い人物としてグループの一員をブローカーに紹介しました。

そして、そのブローカーが、地面師側の人物と中間業者の関係者を引き合わせたのです。

 

ここで重要なのは、地面師グループの一員と、土地を購入して転売しようとした中間業者の関係者を混同しないことです。

 

地面師グループは、真の所有者になりすまして金銭を騙し取ろうとしていました。

 

一方、中間業者の関係者は、土地を購入して別の会社に転売することで利益を得ようと考えていました。

 

少なくとも、今回参照した判決や総括検証報告書は、この中間業者の関係者を地面師グループの一員として認定していません。

 

中間業者の関係者は、偽地主側との間で土地取得の話を進める一方、複数の不動産業者に対して転売の話を持ち掛けていました。

その売却先候補の一つが、積水ハウスだったのです。

 

ここまで来て、ようやく日本を代表する住宅メーカーが事件に登場します。

 

6.2017年3月末、積水ハウスに届いた土地の情報

積水ハウスの営業次長は、中間業者の関係者と以前から面識がありました。

 

総括検証報告書によると、2015年頃、営業次長は知人を通じてこの人物を紹介されています。

その人物は業界を問わず顔が広い様子だったため、営業次長は、将来の営業活動に役立つかもしれないと考え、その人物が主催する食事会にも何度か参加していました。

 

そして、2017年3月27日頃。

中間業者の関係者から、積水ハウスの営業次長に物件資料が送られてきます。

 

資料の表題は、

「東京都品川区西五反田物件資料」

というものでした。

 

そこには、長年売却されないことで知られていた、あの海喜館の土地が含まれていました。

 

営業次長は、その頃、この土地が売却されるかもしれないという噂を耳にしていました。

 

しかし、資料を持ち込んだ人物は不動産売買の専門家ではありません。

 

営業次長は、この人物が本当に海喜館の土地を扱えるのか、当初は疑問を持っていました。

それでも、話を完全に無視することはしませんでした。

 

3月30日と31日、営業次長は、受け取った物件情報を、積水ハウスの東京マンション事業部で土地の仕入れを担当する事業開発室課長に送付します。

 

こうして、地面師グループが動かしていた売却話は、積水ハウスの用地取得担当者へ届きました。

 

この時点では、積水ハウスが偽地主の女性を直接確認したわけではありません。

土地の所有者が本当に売却するつもりなのか、その確認もできていませんでした。

それでも、海喜館の土地を購入できるかもしれないという情報は、会社の内部へと伝わっていきました。

 

そして、この後、地面師グループが用意していた偽地主や書類が、実際の不動産取引に利用されていくことになります。

 

次回は、偽地主役の女性がどのように用意され、偽造パスポートや公的証明書がどのように犯行に利用されたのか。

その具体的な仕組みを、裁判記録から見ていきます。

 


主な参考資料

・ 積水ハウス株式会社総括検証委員会「総括検証報告書[公表版]」(2020年12月7日)、特に本文25~30頁

・ 東京地方裁判所令和6年11月27日判決・令和2年(ワ)第24623号(損害賠償請求事件)

・ 大阪地方裁判所令和4年5月20日判決・平成30年(ワ)第4764号ほか(株主代表訴訟事件)

・ 東京地方裁判所令和元年7月17日、同年11月12日、令和2年3月17日、同年5月29日、同年6月10日の各刑事判決

・ 積水ハウス株式会社調査対策委員会「調査報告書」(2018年1月24日)

----------------------------------------------------------------------
中野司法書士事務所
東京都杉並区高円寺南4-28-10
高円寺リリエンハイム407
電話番号 : 03-6272-4260


杉並区で選ばれる不動産登記・名義変更業務

----------------------------------------------------------------------

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。