積水ハウス地面師事件④ 目の前にいたのは2人だけ――地面師グループの役割分担
2026/10/27
積水ハウスの担当者の前に現れた地面師は、2人だけでした。
本当の土地所有者になりすました女性。
そして、その女性の財務担当者を名乗った男性です。
しかし、約55億円の損害を生じさせた地面師詐欺は、この2人だけで実行されたものではありません。
背後には、犯行を計画・指示する人物、偽地主役の女性を手配する人物、買主を探す人物、書類や印鑑を管理する人物、資金の移動に関わる人物などが存在していました。
しかも、犯行には複数の中心人物が関与し、それぞれ異なる役割を担っていました。
積水ハウスが直接接触した2人の背後では、どのような人々が動いていたのでしょうか。
1.積水ハウスの前に現れた地面師は、2人だけだった
2020年12月7日、積水ハウスの総括検証委員会は、地面師事件の調査結果をまとめた報告書を公表しました。
その中には、事件の組織構造を理解するうえで重要な記載があります。
地面師グループの構成員のうち、積水ハウス関係者と直接接触したのは2人だけだったというのです。
一人は、本当の所有者になりすました女性。
もう一人は、所有者の財務担当者を名乗った男性でした。
この男性は、積水ハウスとの売買交渉に同席し、偽地主が本当の所有者であるかのように振る舞いながら、取引を進めていました。
しかし、2人が自分たちだけで土地の情報を集め、偽造書類を用意し、買主を探していたわけではありません。
例えば、前回紹介した偽地主役の女性には、所有者の情報を教える人物がいました。
女性を必要な場所へ呼び出す人物もいました。
偽造パスポートや印鑑などを準備・管理する人物もいました。
さらに、その人々へ指示を出す人物が存在していました。
総括検証報告書は、こうした関係者の役割を整理しています。
ただし、報告書に登場する人物の多くは、実名ではなく「Z1」「Z4」などの符号で表されています。
今回は人物を正確に区別するため、必要なところでこの符号を使用します。
また、ここでいう「直接接触したのは2人」というのは、地面師グループの構成員についての話です。
積水ハウスは、この2人以外にも中間業者や弁護士、司法書士などと接触していました。
それらの取引関係者まで、地面師グループの一員だったという意味ではありません。
2.犯行を動かしていた上位者たち
今回の地面師グループには、複数の中心人物がいました。
総括検証報告書では、犯行を立案・主導した上位者として、Z4、Z7、Z6の3人が挙げられています。
一方、同報告書の別紙3では、Z5も上位者と整理されています。
それぞれの役割は異なり、資料からは、一人の首謀者が全員に直接指示するような単純な構造として整理することはできません。
土地の情報収集から売買交渉まで指示したZ4
Z4は、地面師グループの上位者の中でも、中心的な役割を担った人物です。
土地に関する情報を入手し、買主や仲介業者を探す準備を進めていました。
さらに、売買契約や所有者名義の銀行口座の準備などについて、他の構成員に指示を出していました。
その指示は、必ずしも本人から直接伝えられるとは限りません。
別の上位者を通じて、交渉を担当する人物へ伝えられることもありました。
2024年11月27日の東京地方裁判所判決でも、Z4に相当する被告人について、偽地主役の女性が成りすましであることを知りながら、売買交渉の準備や関係者への指示を繰り返していたと認定されています。
重要なのは、Z4自身が積水ハウスの担当者の前に現れなくても、犯行を進めることができたという点です。
実際、後に中間業者と偽地主との間で売買契約が締結された際にも、Z4は別の場所から交渉担当者へ指示を出していました。
前さばき役を動かしたZ5
Z5は、総括検証報告書の別紙3で上位者と整理されている人物です。
Z5は、偽地主役の女性に真の所有者の情報を教えるよう、前さばき役の男性に指示していました。
前さばき役とは、偽地主に付き添い、交渉の場で成りすましが露見しないよう補助する役割です。
Z5は、この前さばき役に対し、交渉への参加を指示したり、Z4からの指示を伝えたりしていました。
2024年東京地裁判決では、Z5に相当する被告人が、早い段階から成りすましによる詐欺であると認識し、前さばき役への指示を続けていたことも認定されています。
Z4が犯行全体の準備や交渉に広く関与していたのに対し、Z5は前さばき役を動かすうえで重要な役割を果たしていました。
偽地主の手配を進めたZ7
Z7が主に関わったのは、偽地主役の女性と、犯行に必要な書類の準備でした。
関係者を通じて成りすまし役の女性を確保し、連絡役に指示して偽造パスポートの準備を進めていました。
さらに、女性を交渉の場に呼び出すことや、偽造パスポート、所有者名義の印鑑などを管理することにも関与していました。
前回、偽地主役の女性が手配され、偽造パスポートや公的証明書が準備された経過を紹介しました。
その背後で、こうした準備を指示していた中心人物の一人がZ7だったのです。
買主探しと資金の流れに関わったZ6
Z6は、土地に関する資料を入手し、買主候補を探す人物をほかの構成員に紹介するなどしていました。
また、後に積水ハウスとの間で売買契約を進める中間業者の関係者とも面談しています。
さらに重要なのが、資金面での役割です。
Z6は、詐取金の振込先となる複数の銀行口座の準備に関わっていました。
東京地裁令和2年5月29日判決は、Z6に相当する被告人について、詐取金のうち少なくとも約22億円の現金を自己の手元に集めていたことを認定しています。
ただし、これは約22億円すべてを最終的に個人の利益として取得したという意味ではありません。
裁判所は、Z6が犯行の元々の発案者だったとまでは認めていない一方、上位者グループの中で中心的な立場にあったと判断しています。
このように、Z4、Z5、Z6、Z7は、それぞれ異なる形で犯行に関与していました。
その指示や連絡も、複数の人物を介して行われていたのです。
3.偽地主の女性を動かした連絡役と手配役
上位者が準備や指示を進めても、それだけで偽地主役の女性が動くわけではありません。
女性を呼び出し、集合場所を伝え、必要な書類を渡す。
こうした役割を担っていた人物もいました。
上位者と偽地主の間をつないだZ8
Z8は、上位者からの指示を受けて、偽地主役の女性やほかの関係者との連絡を担当していました。
女性に直接、あるいは別の人物を介して、集合する日時や場所などを伝えていました。
時には自ら集合場所へ出向き、偽地主役の女性を、買主候補との交渉に立ち会う共犯者へ引き合わせることもありました。
また、偽造パスポートの準備や受け渡し、所有者名義の印鑑などの管理にも関与していました。
つまり、上位者の指示を、実際の行動へとつなげる役割を担っていたのです。
偽地主役の女性を勧誘したZ9
Z9は、偽地主役となる女性を勧誘した人物です。
総括検証報告書では、Z9′という表記も使用されています。
その後も、上位者や連絡役の指示に従い、女性に集合場所などを連絡していました。
さらに、女性が公的証明書を取得するために出向く際には、同行して助言や監視を行っていました。
偽地主役の女性は、自分の判断だけで必要な場所へ出向いていたわけではありません。
その行動には、Z9などの人物が関わっていたのです。
女性を紹介したZ10
Z10は、Z9からの求めに応じて、偽地主役となる女性を紹介した人物です。
その後も、一部の連絡事項を伝える役割を担っていました。
女性を紹介したZ10。
女性を勧誘し、同行したZ9。
上位者の指示を伝え、書類や集合場所などを管理したZ8。
そして、それらの関係者を通じて偽地主役の手配を進めたZ7。
このように、偽地主役の女性の背後にも、複数の人物が関わっていました。
単に女性を一人用意するだけでなく、その女性を必要な場面で動かし、書類を持たせ、買主候補との交渉に参加させる仕組みが作られていたのです。
4.「内縁の夫」と「財務担当者」――偽地主を支えた男性たち
ここまで紹介した人物の多くは、積水ハウスの担当者と直接接触していませんでした。
一方、実際の売買交渉では、偽地主役の女性に付き添い、本人であるかのように振る舞うことを支える男性たちがいました。
その代表が、前さばき役のZ3と、財務担当者役のZ1です。
なお、総括検証報告書では、それぞれZ3′、Z1′という表記も使用されています。
真の所有者の「内縁の夫」を名乗ったZ3
Z3は、偽地主役の女性に所有者の情報を教え、買主候補との交渉で成りすましが発覚しないよう補助していた人物です。
2017年3月27日。
積水ハウスとは別の買主候補との交渉が、弁護士事務所で行われました。
そこには、偽地主役の女性、Z3、Z1らが参加していました。
この交渉の場で、Z3は、真の土地所有者の内縁の夫を名乗っていました。
もちろん、実際にそのような関係があったわけではありません。
偽地主役の女性に近い立場の人物を装い、売買交渉を支えるための設定でした。
もっとも、Z3はその後、検挙されることを恐れて前さばき役を降りています。
そのため、積水ハウスの担当者と直接接触することはありませんでした。
ただし、Z3の存在が積水ハウス側に全く知られていなかったわけではありません。
偽地主役の女性やZ1を通じて、内縁の夫とされる人物の話は伝わっていました。
総括検証委員会は、この人物の存在や、それを利用した説明も、積水ハウスがリスク情報に接しながら成りすましに気付かなかった要因の一つだったと評価しています。
「財務担当者」として交渉したZ1
一方、積水ハウスの担当者と直接接触していたのがZ1です。
Z1は、買主や不動産仲介業者を探す「客つけ役」を担っていました。
そして、積水ハウスとの取引では、偽地主の財務担当者という設定で交渉に参加しました。
2017年4月13日、Z1は積水ハウスの営業次長らと初めて面談します。
その際、Z1は、自分が土地所有者の財務を担当していること、税務コンサルタントの関係で所有者から報酬を受け取ることなどを説明しました。
さらに、所有者がマンションの購入資金として約3億円を急いでいること、ほかにも購入希望者がいるため早く取引を進める必要があることなどを説明しました。
しかし、これらは虚偽の説明でした。
Z1は、土地所有者本人から正式に財務を任されていたわけではありません。
偽地主役の女性が本当の所有者であるかのように振る舞い、土地取引を進めていたのです。
総括検証報告書は、このZ1について、積水ハウスに対する欺罔行為で中心的な役割を果たしたと整理しています。
Z3が主に積水ハウス以前の買主候補との交渉を支えていたのに対し、Z1は積水ハウスとの取引の表舞台に現れました。
ただし、両者が同じ役職を単純に引き継いだというわけではありません。
役割は異なっていましたが、どちらも偽地主を本当の所有者だと信じさせるために動いていた人物でした。
5.契約交渉の背後で動いていた指示と連絡
これまでの人物関係を、実際の出来事に沿って見ると、地面師グループの動きがより具体的になります。
3月23日――Z4が前さばき役にZ1を紹介した
2017年3月23日。
総括検証報告書によると、Z4は前さばき役となるZ3に対し、Z1を紹介しました。
Z4はZ1について、
「すべて承知している人」
と説明し、Z3に対してZ1に従って行動するよう指示しました。
この時点で、Z1は偽地主役を使った不動産取引であることを理解していました。
そして3月27日には、偽地主役の女性、Z3、Z1らが、積水ハウスとは別の買主候補との交渉に臨みます。
この場では、Z3が所有者の内縁の夫を、Z1が財務担当者を名乗っていました。
同じ交渉の場にいた人物でも、それぞれ違う役割を与えられていたのです。
4月3日――売買契約の場にいない人物が指示を出していた
4月3日。
偽地主役の女性と、中間買主の会社との間で売買契約が締結されました。
この契約には、偽地主役の女性のほか、Z3やZ1らが関わっていました。
一方、Z4は契約の場に直接出席していませんでした。
しかし、総括検証報告書によると、Z4は、現場にいたZ3に対して、別の場所から指示を出していたのです。
2024年東京地裁判決でも、Z4に相当する被告人が、交渉担当者に対して指示を出し、契約後に報告を受けていたことが認定されています。
つまり、売買契約の場にいない人物も、実際の取引の進行に関与していたということです。
4月13日――積水ハウスとの交渉では財務担当者が前に出た
4月13日になると、積水ハウスの担当者がZ1と面談します。
積水ハウスの担当者にとって、Z1は土地所有者の財務担当者を名乗る人物でした。
しかし、その背後には、Z1を買主探しの役として関与させたZ6や、Z1を前さばき役に紹介していたZ4など、別の中心人物が存在していました。
積水ハウスが直接接触した人物と、犯行全体を動かしていた人物は、同じではなかったのです。
こうした構造は、その後の交渉や決済の場面でも続いていきます。
6.組織的な地面師詐欺――表に見えていたのは一部だけ
今回の地面師事件では、偽地主役の女性だけでなく、多数の人物が異なる役割を果たしていました。
土地の情報を収集し、売買交渉を指示する人物。
偽地主役の女性を手配する人物。
女性に所有者の情報を教え、交渉に付き添う人物。
必要な日時に女性を呼び出し、偽造書類や印鑑を管理する人物。
買主を探し、所有者の財務担当者を装って交渉する人物。
そして、詐取した金銭の移動に関わる人物。
一人の人物がすべてを行うのではなく、複数の関係者が役割を分担していました。
総括検証報告書と刑事判決を読むと、複数の上位者がそれぞれの関係者を通じて指示し、連絡や報告を受けながら犯行を進めていたことが分かります。
ただし、組織内での役割と、刑事責任の重さは同じではありません。
直接買主を騙した人物だけが刑事責任を負うわけではない一方、連絡や紹介を担当したという事実だけで、当然に共同正犯が成立するわけでもありません。
裁判所は、それぞれの被告人が何を認識し、どのように犯行へ関与したのかを個別に判断しています。
ここで改めて注目したいのは、積水ハウスと直接接触した地面師が、偽地主役の女性と財務担当者役の男性の2人だけだったという事実です。
積水ハウスの担当者が交渉を進めていた相手は、その2人と中間業者などの取引関係者でした。
しかし、その背後では、別の場所にいる人物たちが女性の手配、書類の準備、交渉への指示、資金の移動などに関わっていました。
表に出ていた2人は、組織的な犯行の一部分にすぎなかったのです。
もっとも、地面師グループがこれほどの準備をしていたからといって、すべての買主候補が騙されたわけではありません。
積水ハウスとの契約に至る前には、偽地主役の女性に疑念を抱き、取引を中止した買主候補もいました。
同じ地面師グループが関与した取引でありながら、なぜ判断が分かれたのでしょうか。
次回は、積水ハウスより前に土地の売却話を持ち掛けられた買主候補たちに注目します。
彼らは偽地主の何を疑い、なぜ取引を中止したのか。
裁判記録に残された具体的な経過をたどります。
主な参考資料
・ 積水ハウス株式会社総括検証委員会「総括検証報告書[公表版]」(2020年12月7日)、特に本文26~30頁、別紙1「人物関係図」、別紙2「有罪判決一覧」、別紙3「地面師グループの役割分担」
・ 東京地方裁判所令和6年11月27日判決・令和2年(ワ)第24623号(損害賠償請求事件)
・ 東京地方裁判所令和2年3月17日判決・平成31年(合わ)第10号
・ 東京地方裁判所令和2年5月29日判決・平成31年(合わ)第10号
・ 東京地方裁判所令和2年6月10日判決・平成31年(合わ)第64号
・ 東京地方裁判所令和元年7月17日、同年11月12日の各刑事判決
・ 積水ハウス株式会社調査対策委員会「調査報告書」(2018年1月24日)
----------------------------------------------------------------------
中野司法書士事務所
東京都杉並区高円寺南4-28-10
高円寺リリエンハイム407
電話番号 :
03-6272-4260
杉並区で選ばれる不動産登記・名義変更業務
----------------------------------------------------------------------