「錯誤取消しにすれば不動産取得税はかからない」は本当か【合意解除・錯誤取消・3回】
2026/10/06
前回まで、不動産の所有権を元の所有者へ戻した場合の不動産取得税について、二つの類型を見てきました。
第1回では、一度本当に所有権が移転した後に売買を解除した場合を扱いました。この場合、最高裁は、元の売主への所有権の回復も不動産取得税上の「不動産の取得」に当たるとしています。
第2回では反対に、所有権移転登記はされていても、実体として所有権が移っていなかった場合を取り上げました。この場合には、登記の外形だけで「不動産の取得」があったことにはならないとした裁判例があります。
では、さらに別の類型はどうでしょうか。
売買契約は実際に締結した。所有権を移転する意思もあった。しかし、契約をしたときに重要な事実について勘違いしていた。
そこで、
「合意解除だと不動産取得税がかかるなら、錯誤取消しにして所有権移転登記を抹消すればよいのではないか」
という発想が出てきます。
しかし、ここから先はかなり慎重に考える必要があります。
結論を先にいえば、
「錯誤取消しなら不動産取得税はかからない」とは断定できません。
一方で、
「錯誤取消しでも必ず不動産取得税がかかる」と断定できる最高裁判例も、今回確認した資料の中にはありません。
なぜこの問題が難しいのか。今回はそこを判例と民法改正の資料から見ていきます。
「錯誤」と書いて抹消すれば非課税になるわけではない
まず確認しておきたいのは、登記原因に「錯誤」と書いてあることと、法律上、本当に錯誤が成立していることは別問題だということです。
東京地裁平成26年8月26日判決では、売買代金が支払われ、所有権移転登記までされた後、その登記が「錯誤」を原因として抹消されていました。
しかし裁判所は、当時の民法95条による錯誤無効を認めませんでした。
売買契約締結後に差押登記がされたことは、契約締結時に存在した事情について当事者が事実と異なる認識をしていたものではなく、事後的に生じた事情にすぎないとして、錯誤を否定しています。さらに、契約を無効とするような他の原始的な瑕疵も認めませんでした。【 平成26年 8月26日 東京地裁 平26(行ウ)40号】
そして裁判所は、当事者が所有名義を元の売主へ戻すための便法として「錯誤」を原因とする抹消登記の形式を採ったにすぎず、法律上の実体は合意解除であると判断しました。 【平成26年 8月26日 東京地裁 平26(行ウ)40号】
つまり、
登記簿に「錯誤」と記載されているから錯誤になるのではありません。
先に事実関係があり、その事実に民法を適用した結果、本当に錯誤が成立するのかを判断する必要があります。
これは今回の連載全体で非常に重要な点です。
本当に錯誤無効が認められ、課税が取り消された岡山地裁判決
一方で、本当に錯誤が認められ、不動産取得税の課税が否定された裁判例もあります。
岡山地裁平成21年7月16日判決です。
事案は母子間の不動産売買でした。
子の不動産持分に仮差押えがされ、その解決のために1590万円が必要になりました。
そこで弁護士に相談したところ、母が単に1590万円を負担すると子への贈与となって贈与税の問題が生じるため、子の不動産持分を母へ売却し、その代金として資金を負担してもらうという方法が採られました。 【平成21年 7月16日 岡山地裁 平19(行ウ)36号】
ところが、売買後になって別の問題が判明します。
土地の税務上の評価との関係で、売買価格が「著しく低い価額」と評価される可能性があり、今度は母に約1337万円もの贈与税が課される可能性が出てきたのです。
そこで当事者は、当初の土地売買を錯誤により無効であるとして、改めて売買する土地持分を調整しました。【 平成21年 7月16日 岡山地裁 平19(行ウ)36号】
裁判所はなぜ錯誤無効を認めたのか
岡山地裁は、単に、
「税金の計算を間違えたから錯誤」
としたわけではありません。
母は1590万円を用意するために現金だけでなく簡易保険まで解約しており、それに加えて多額の税負担まで生じることは全く想定されていなかったと認定しました。
そして当事者は、
売買代金以外に多額の金銭負担が生じないことを売買の当然の前提とし、そのことを黙示的に表示していた
と認定しています。
もし1300万円を超える贈与税が生じる可能性を知っていれば、その土地売買をしなかったと容易に認められることから、旧民法95条の「要素の錯誤」があったとしました。【 平成21年 7月16日 岡山地裁 平19(行ウ)36号】
さらに、事前に税金の問題を含めて弁護士へ相談していたことなどから、当事者に重大な過失があったとも認めませんでした。
その結果、裁判所は、
当初の土地売買は錯誤により無効である
と判断しました。
そして、当初の売買が無効である以上、
母は土地持分を取得していない。したがって、その後の合意解除によって子が母から持分を再取得したこともない。
として、不動産取得税の課税処分を取り消しました。【 平成21年 7月16日 岡山地裁 平19(行ウ)36号】
ここが第1回で扱った合意解除との決定的な違いです。
第1回は、
A → B〔有効に所有権移転〕→ A〔解除〕
でした。
岡山地裁が認定したのは、
A → B〔当初の売買が錯誤無効なので、法律上は所有権取得なし〕
という構造です。
だから「元へ戻った」のではなく、そもそも最初から取得していなかったとされたのです。
ただし、岡山地裁判決は現在の「錯誤取消し」の判例ではない
ここは非常に重要です。
岡山地裁判決は平成21年の判決です。
当時の民法95条は、
法律行為の要素に錯誤があったときは「無効」
としていました。
したがって岡山地裁は、
錯誤が成立する
→ 売買は最初から無効
→ 母は所有権を取得していない
という論理を採ることができました。
しかし、現在の民法95条は違います。
民法改正によって、錯誤の効果は、
「無効」から「取消し」
へ変更されました。
したがって、
岡山地裁で錯誤なら非課税になった
↓
現在も錯誤取消しにすれば当然に非課税になる
とはいえません。
岡山地裁判決は、旧民法95条の錯誤無効を前提とする下級審裁判例だからです。
なお、この判決は控訴されていますが、今回確認した資料では、その後の公刊された控訴審判決は確認できていません。
「無効」から「取消し」に変わった意味を単純化してはいけない
もっとも、
「昔は無効だったが、今は取消しだから全く別の制度になった」
と考えるのも正確ではありません。
法務省の改正資料を見ると、旧民法95条は条文上「無効」とされていたものの、判例上は通常の無効とは違う扱いを受けていました。
たとえば、錯誤無効を主張できる者は、原則として錯誤に陥った表意者に限られ、相手方から自由に無効を主張できるものではありませんでした。
また、錯誤無効には期間制限がない一方、詐欺取消しなどには取消権の期間制限があるため、その不均衡も問題とされていました。
こうした点を踏まえ、改正法では錯誤の効果を「取消し」に変更しています。
さらに、現在の民法95条は、従来の判例法理を踏まえ、
- 錯誤が法律行為の目的や取引上の社会通念に照らして重要であること
- 法律行為の基礎とした事情についての錯誤では、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていること
などを条文上明確にしています。 【法務省の民法95条改正資料】
したがって、
錯誤が「取消し」に変わったのは、不動産取得税を課税するためではありません。
少なくとも今回確認した法務省資料から、そのような立法趣旨を読み取ることはできません。
税負担についての勘違いも、法律上の錯誤になることはある
ここも誤解しやすいところです。
「税金について勘違いしただけでは錯誤にならない」とも言い切れません。
法務省の民法95条改正資料は、いわゆる動機の錯誤の例として、土地等の財産分与について、財産分与をする側には課税されないことが前提として表示されていた場合に関する最高裁平成元年9月14日判決を紹介しています。【 法務省の民法95条改正資料】
ですから、税負担に関する認識が法律上の錯誤の問題になること自体はあります。
しかし、
「思ったより税金が高かった」
=「錯誤取消しができる」
ではありません。
錯誤が法律行為の目的や取引上の社会通念に照らして重要であるか、基礎事情の錯誤であれば、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたかなど、民法95条の要件を満たす必要があります。
岡山地裁判決でも、具体的な契約経緯や当事者の認識を詳しく認定したうえで錯誤が認められています。
現行法では、取り消された行為は「初めから無効」とみなされる
では、現在の民法95条による錯誤取消しが本当に行われた場合はどうなるのでしょうか。
現在の民法95条は、一定の要件を満たす錯誤に基づく意思表示について、「取り消すことができる」と定めています。
そして民法121条は、実際に取り消された行為について、
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす
としています。
したがって、旧民法のように錯誤が成立すれば当然に無効となるという構造ではありませんが、適法に取消しがされた後には、初めから無効であったものとみなされることになります。
ここだけを見ると、
錯誤取消しをすれば、売買は初めから無効と扱われる。
それなら所有権も最初から移っていなかったことになり、不動産取得税上も「取得なし」になるのではないか。
という考え方が出てきます。
この考え方には、一定の理由があります。
しかし、不動産取得税にはもう一つ、これまでの連載で見てきた「経過的事実」という考え方があります。
ここで両者がぶつかります。
最高裁平成14年判決――「取消し、解除等」でも経過的事実を見る
この問題を考える際、避けて通れないのが最高裁平成14年12月17日判決です。
ただし、最初に重要なことを確認しておきます。
この判決は、不動産取得税の判決ではありません。
当時の特別土地保有税に関する最高裁判決です。
最高裁は、特別土地保有税の「土地の取得」について、
取得の原因となった法律行為が「取消し、解除等」によって覆されたかどうかにかかわらず、その経過的事実に即して土地所有権取得の事実を捉える
という一般論を示しました。
この判示だけを読むと、
現行民法95条による錯誤取消しでも、一度所有権が移転したという経過的事実は残るのではないか
という考え方が出てきます。
ところが、この最高裁判決の具体的事案を確認すると、注意すべき事情があります。
問題となったのは、通常の錯誤取消しではなく、詐害行為取消しでした。
しかも当時の詐害行為取消しについて、最高裁自身が、
取消しの効果は相対的であり、売主と買主との間の売買契約は依然として有効に存在する
と説明しています。
さらに、買主が土地を取得し、その後も所有していたという経過的事実自体は消えないとしていました。
つまり、この事件では、
取消し後も売主と買主の間では売買契約自体が有効
という特殊性があります。
現行民法95条による錯誤取消しと、そのまま同一視することはできません。
判例解説・学説を見ると、結論は一枚岩ではない
最高裁平成14年判決の判例タイムズ解説を見ると、この問題について学説が分かれていたことが分かります。
一方には、
取消しには遡及効がある以上、所有権移転も初めから存在しなかったことになり、課税要件も最初から満たしていない
という考え方があります。
他方には、
取消しによって法律効果は遡及的に消えても、実際に一度所有権が移転して土地が流通したという経過的事実は消えない
という考え方があります。
判例タイムズ1115号の解説は、最高裁平成14年判決を後者の考え方を採ったものと整理しています。
しかし同時に、この判決の具体的事案が詐害行為取消しであったため、
通常の取消しの場合以上に、経過的事実として土地の取得・所有を認めやすい事案だった
とも指摘しています。
太田幸夫判事の解説はさらに慎重
判例タイムズ1154号252頁の太田幸夫判事による解説も重要です。
同解説では、原因となる法律行為が無効の場合には、不動産取得税を課税できないとするのが一般的であると整理する一方、法律行為の瑕疵が取消事由にとどまる場合については学説が分かれていると紹介しています。
そして最高裁平成14年判決についても、詐害行為取消しの相対効を理由とするだけで事件を処理できたのではないかと検討したうえで、
意思表示の瑕疵の内容によっては、課税根拠を当初から欠く場合もあり得る一方、瑕疵があっても取得・保有の実体が認められる場合もあり得る
という趣旨を指摘しています。
これは判決そのものではなく、判例解説者の評価です。
しかし、
「取消しなら全部課税」
とも、
「取消しなら全部非課税」
とも簡単にはいえないことを考えるうえで、非常に重要な指摘です。
「取消しでも取得なし」とする学説も紹介されている
髙橋祐介教授の2022年の論文でも、この問題に触れています。
同論文は、売買について、
無効の場合だけでなく、取消しの場合にも不動産の取得がなかったとする学説が存在する
ことを紹介し、金子宏『租税法』、碓井光明教授の論文を挙げています。
ただし、今回、この二つの原典そのものは入手していません。
したがって、
「金子宏教授は現行民法95条の錯誤取消しなら非課税と断言している」
とまで書くことはできません。
ここで確認できるのは、
取消しの場合にも不動産取得がなかったと考える学説が存在する
というところまでです。
また、髙橋論文は、錯誤無効については、買主に所有権取得がないため不動産取得もないと整理し、岡山地裁平成21年判決をその例として挙げています。
東京都行政不服審査会も「現行95条なら課税」と判断したわけではない
さらに、現行民法95条の錯誤取消しが実際に主張された東京都行政不服審査会の答申があります。
請求人は、
民法95条1項2号の錯誤による取消しだから、契約はなく、不動産を取得していない
と主張しました。
一見すると、
「現行民法95条の錯誤取消しについて、東京都が課税の可否を判断した答申」
のように見えます。
しかし、原文を読むと違います。
実際の登記では、所有権移転登記がされた後、
「令和3年3月15日合意解除」
を原因として抹消登記がされていました。
さらに審査会は、請求人と前所有者が作成した登記原因証明情報において、本件譲渡契約を合意解除によって解除し、前所有者へ所有権を復帰させたものとされていることなどを確認しています。
そのうえで、抹消登記が司法書士を代理人として申請されていたことや、合意解除後には請求人が本件不動産について一切の権利を有しなくなる旨の合意がされていたことなども踏まえ、売買による所有権移転がいったん生じていたと評価しました。
したがって、この答申は、
「真正な現行民法95条の錯誤取消しでも、不動産取得税は課税される」
と判断した答申ではありません。
請求人は錯誤取消しを主張したものの、審査会が前提とした事実関係は合意解除だったのです。
これはかなり大切な違いです。
では、「錯誤取消しなら不動産取得税はかからない」のか
ここまで確認すると、結論は一見すっきりしないかもしれません。
しかし、現時点ではこの整理が最も正確だと思います。
有効に所有権が移転した後の解除
→ 最高裁昭和48年11月2日判決では、元売主への復帰も「不動産の取得」。
最初から実体的な所有権移転がない場合
→ 浦和地裁昭和60年、東京地裁平成3年などでは、登記の外形だけでは「取得」にならない。
旧民法95条の真正な錯誤無効
→ 岡山地裁平成21年判決では、最初から所有権取得がないとして課税を否定。
そして、
現行民法95条に基づく真正な錯誤取消し
→ 今回確認した資料の範囲では、その場合の不動産取得税を直接判断した最高裁判例は確認できませんでした。
民法121条の遡及効を重視すれば、
「最初から無効とみなされるのだから、取得もなかったのではないか」
という議論ができます。
一方、最高裁の税法上の「経過的事実」論を重視すれば、
「取消しまでの間に実際に所有権が移転していた事実は残るのではないか」
という議論もできます。
そして、判例解説や学説を見ても、この問題を単純に一方だけで処理できる状況にはなっていません。
だからこそ、
「錯誤取消しにしておけば不動産取得税はかからない」
と断定することはできません。
しかし反対に、
「錯誤取消しでも必ず課税される」
とまで断定することも、今回確認した資料からはできません。
それ以前に、本当に「錯誤取消し」なのか
実務では、税法上の結論以前に、もっと手前の問題があります。
それは、
本当に民法95条に基づく錯誤取消しができる事実関係なのか
ということです。
先に、
「不動産取得税をかからなくしたい」
という結論を置いて、
そのために、
「合意解除ではなく錯誤取消しという法律構成にしよう」
という順番で考えることはできません。
岡山地裁判決では、裁判所が具体的な契約経緯、当事者の認識、税負担についての前提、重過失の有無まで検討したうえで、本当に錯誤無効が成立すると判断しました。
一方、東京地裁平成26年判決では、登記上は「錯誤」で抹消されていても、実体は合意解除だと判断されています。
東京都行政不服審査会の答申も同様に、後から「錯誤取消しだった」と主張したことだけではなく、当時作成された登記原因証明情報や実際の登記内容などから法律関係を判断しています。
「錯誤取消し」という言葉が不動産取得税を消すわけではありません。
最初に事実関係があり、その事実を民法に当てはめた結果として、錯誤による取消しが可能かどうかが決まります。
さらにその先に、
不動産取得税上、その法律関係をどう評価するのか
という別の問題があります。
この順番を逆にしないことが重要です。
次回――では「詐欺取消し」ならどうなるのか
錯誤取消しについて考えていくと、次に出てくるのが、
「では、相手に騙されていた場合の詐欺取消しならどうなのか」
という問題です。
詐欺も民法上は取消しの問題であり、取り消された場合には民法121条の遡及効が問題になります。
しかし、錯誤とは異なり、詐欺では欺罔行為によって意思表示をしたという事実関係が問題になります。
そこで、
「錯誤取消しが難しいなら、詐欺取消しにすればよい」
という話になるのでしょうか。
次回は、大審院判例や登記実務の資料も使いながら、
詐欺取消しと所有権移転登記、不動産取得税の関係
を考えます。
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