所有権移転登記があれば必ず「取得」なのか――登記と実体は別【合意解除・錯誤取消・2回】
2026/10/05
前回は、売買によって一度、本当に買主へ所有権が移転したのであれば、その後に契約を解除して元の売主へ所有権を戻しても、不動産取得税上は「最初から何もなかった」ことにはならない、という最高裁判例を紹介しました。
では、
所有権移転登記までされていれば、それだけで「本当に所有権が移った」と考えてよいのでしょうか。
答えは、そう単純ではありません。
実際に、所有権移転登記がされていたにもかかわらず、実体として所有権を取得していなかったとして、不動産取得税の課税が否定された裁判例があります。
前回のポイントが、
「元に戻った」ことと「最初から移っていなかった」ことは違う
ということだったとすれば、今回はその後半、
「最初から移っていなかった」とはどういう場合なのか
を見ていきます。
なお、今回中心に取り上げる浦和地裁、東京地裁はいずれも下級審の裁判例です。ただし、後で見る最高裁判例とも矛盾するものではなく、「登記の外形」と「実体的な所有権取得」を区別して考えるうえで非常に参考になります。
所有権移転登記があっても「不動産の取得」とは限らない
まず取り上げたいのが、浦和地裁昭和60年6月17日判決です。
この事件では、土地について原告名義への所有権移転登記がされていました。
課税庁は、原告が土地を買い受けて取得したとして不動産取得税を課税しました。
ところが、判例タイムズに掲載された判旨によると、裁判所が実際の経緯を調べた結果、登記簿から受ける印象とはかなり違う事実関係が認定されています。
もとの所有者には多額の債務があり、土地を最終的には生命保険会社へ売却する予定でした。
その売却が完了する前に債権者から差押えなどを受けることを恐れ、いったん第三者名義にしておこうと考えたのです。
そこで選ばれたのが、もとの所有者とは面識さえない原告でした。
土地の場所も知らない「登記名義人」
裁判所が認定した事情はかなり極端です。
原告は、もとの所有者とは全く面識がありませんでした。
対象となる土地の所在や所有者も知らず、登記済証を受け取ったこともなく、自分への所有権移転登記がいつ抹消されたのかさえ知りませんでした。
土地を占有・使用したこともなく、土地から何らかの利益を得たことも、そのような利益を得ようとしたことも認められませんでした。
さらに、原告は登記名義を貸しただけであることを確認する書面にも署名していました。
その後、原告名義への所有権移転登記は「錯誤」を原因として抹消され、予定されていた買主へ所有権移転登記がされています。
こうした事実関係から、浦和地裁は、
原告は所有権移転登記を受けたにとどまり、土地を買い受けたことも、その他何らかの意味で所有権を取得したとも認められない
と判断しました。
ここで重要なのは、この事件で登記が「錯誤」を原因として抹消されたことではありません。
課税が否定された理由は、
「錯誤」という登記原因を使ったからではなく、そもそも原告が実体的に土地の所有権を取得していなかったから
です。
浦和地裁――「登記」ではなく実質の法律関係を見る
浦和地裁は、地方税法73条の2第1項の「不動産の取得」について、重要な判断を示しています。
判旨では、「不動産の取得」とは不動産所有権の取得を意味するとしたうえで、不動産登記は所有権取得の対抗要件であることから、
不動産取得の有無は、登記を基準としてではなく、「実質の法律関係に即して」判断しなければならない
としています。
課税庁は、
所有権移転登記がされた以上、少なくとも形式的・外形的には所有権が移っている
という趣旨の主張をしました。
しかし裁判所は、それだけでは「不動産の取得」があったことにはならないと退けています。
つまり、
所有権移転登記が存在すること
と、
実体として所有権を取得したこと
は、同じではないということです。
17年以上も他人名義だった東京地裁平成3年事件
この問題をさらに深く考えさせるのが、東京地裁平成3年5月28日判決です。
こちらは、浦和地裁の事件よりも一見すると「本当に所有権が移っていたのではないか」と思わせる事情が揃っていました。
もともと原告会社が所有していた土地と建物について、昭和46年、別会社への「代物弁済」を原因とする所有権移転登記がされました。
そして、その登記は短期間ではありません。
17年以上にわたって別会社名義のまま残っていました。
ところが平成元年になって、その所有権移転登記が「錯誤」を理由として抹消され、原告名義に戻されました。
東京都は、この抹消によって原告が不動産の所有権を取得したとして、不動産取得税を課税しました。
「代物弁済」「譲渡担保」だったのではないか
東京都側にも相応の根拠がありました。
登記原因は「代物弁済」です。
最初の所有権移転登記に際しては、不動産取得税も実際に納付されていました。
さらに、名義人となった会社の作成した証明書には、この不動産について、原告に対する貸金の担保として所有権移転登記をしたという趣旨の記載がありました。
原告がその会社に約3000万円の債務を負っていたという証言もあり、何より、所有権移転登記は17年以上そのままでした。
そのため東京地裁自身も、
実際には譲渡担保だったのではないかということが「強く疑われる」
としています。
それでも、裁判所はそこで判断を終えませんでした。
課税庁が「所有権の取得」を立証しなければならない
原告側は、当時、手形債権者からの追及を免れるために親族関係にある会社へ所有名義だけを移したのであって、実際に譲渡担保などの権利を設定したわけではないと主張しました。
当時の経理担当者や原告代表者も、その趣旨の証言・供述をしています。
ここで東京地裁は、
不動産取得税の課税要件である不動産所有権の取得の事実については、課税庁側に立証責任がある
と明確に述べました。
譲渡担保だったのではないかと疑わせる事情は確かにあります。
しかし、名義だけを移したという証言等を排斥するだけの証拠もない。
そのため裁判所は、
所有権移転登記が譲渡担保の合意に基づくものであったと認定するには、なお疑問の余地がある
とし、原告が抹消登記の時点で新たに所有権を取得したとすることにも疑問が残ると判断しました。
ここは、この判決を読むうえで大切なところです。
裁判所が、
「名義だけを移したことが積極的に証明された」
と断定したわけではありません。
むしろ、
課税の前提となる実体的な所有権移転があったことを、課税庁側が十分に立証できなかった
ため、課税処分が維持できなかったという構造です。
浦和地裁事件と結論は似ていますが、判決に至った事実認定の構造は同じではありません。
仮装の所有権移転と、合意解除は同じではない
東京地裁は、もう一つ重要な法律判断をしています。
東京都は、
仮に最初の所有権移転登記が通謀虚偽表示によるものであったとしても、いったん他人名義にした以上、後から元の名義に戻すことを、合意解除の場合と同じように「不動産の取得」と扱うべきだ
とも主張しました。
しかし裁判所は、この主張も退けました。
不動産取得税は流通税ですが、その課税対象はあくまで、
不動産所有権を取得したという事実
です。
真実には所有権移転がないのに、登記簿上だけ所有権が移ったような外形が作られ、その後その登記を抹消したのであれば、課税対象となる所有権取得の事実そのものが存在しません。
裁判所は、この場合と、一度本当に所有権が移った後に合意解除で元へ戻る場合とは同視できないとしています。 【平成 3年 5月28日 東京地裁 平2(行ウ)217号】
第1回との違いを図式化すると、分かりやすくなります。
第1回で扱った合意解除
A → B〔実体的にも所有権移転〕→ A〔解除による復帰〕
これに対して今回問題となっているのは、
A → B〔登記はあるが、実体的な所有権移転なし〕
という場合です。
最終的に登記名義がAへ戻る点だけを見れば似ていますが、その前提となる法律関係がまったく違います。
最高裁の「流通税」の判例と矛盾しないのか
ここで疑問が出るかもしれません。
最高裁昭和48年11月16日判決は、不動産取得税について、
不動産の移転の事実自体に着目して課される「流通税」
と位置付けています。
そして、譲渡担保についても、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かに関係なく、「所有権移転の形式による不動産の取得」は地方税法73条の2第1項の「不動産の取得」に含まれると判断しました。
ここでいう「所有権移転の形式」は、所有権移転登記という外形だけを意味するものではありません。
この最高裁事件では、当事者間に争いのない事実として、譲渡担保により不動産所有権の移転を受けたこと自体が前提となっていました。最高裁は、その取得した所有権の内容が担保目的によって制約されていても「不動産の取得」に当たると判断したのです。
これに対し、浦和地裁や東京地裁平成3年判決で問題となったのは、
そもそも実体的な所有権移転自体があったのか
という、さらに手前の問題です。
したがって、
完全な内容の所有権でなくても、実体として所有権を取得していれば「不動産の取得」になり得る。
しかし、
登記という外形だけがあり、実体として所有権を取得していなければ、「不動産の取得」とはいえない。
この二つは矛盾しません。
髙橋祐介教授の論文でも、浦和地裁昭和60年判決などを挙げ、実体的な物権変動を伴わない、登記の変更のみに即した不動産取得税の課税は違法であるという裁判例の流れが整理されています。【 髙橋祐介「裁判例からみた不動産取得税の構造と問題」】
不当な目的があっても、課税要件は別問題
東京地裁平成3年判決には、もう一つ興味深い論点があります。
東京都は、
債権者からの強制執行を免れるために不動産の所有名義を動かした者が、後になって「本当は所有権を移していませんでした」と主張して課税を免れるのは、信義則上許されない
という趣旨の主張をしました。
感覚的には、理解できる主張かもしれません。
しかし東京地裁は、
法律で定められた課税要件が存在しない場合に、信義則等を理由として課税することは、租税法律主義に反し許されない
として、この主張を退けました。【 平成 3年 5月28日 東京地裁 平2(行ウ)217号】
もちろん、この判決は、債権者からの強制執行を免れるための名義移転を適法であるとか、許される行為であると評価したものではありません。
問題は別です。
その行為自体をどう評価するかという問題と、
不動産取得税の課税要件である「所有権の取得」が存在したか
という問題は、区別しなければならないということです。
課税要件が存在しないのに、
「やったことが悪いのだから税金を払うべきだ」
という理由だけで不動産取得税を課すことはできない。
東京地裁は、その点を明確にしました。
「登記をどう消すか」より先に確認すべきこと
ここまでの裁判例から、実務上かなり重要なことが分かります。
所有権を元の名義に戻したいという相談を受けたとき、最初に考えるべきなのは、
「どの登記原因なら税金が安いか」
ではありません。
まして、
「錯誤で抹消すればよいのではないか」
というところから出発する問題でもありません。
先に確認する必要があるのは、
最初の所有権移転が、実体として本当に存在したのか
です。
第1回では、一度真正に所有権が移った後の解除を扱いました。
その場合には、後から元の所有者へ戻しても、その所有権回復は不動産取得税上の「取得」に当たるという最高裁判例があります。
一方、今回取り上げた裁判例が示しているのは、
所有権移転登記が存在していても、実体的な所有権移転が存在しないのであれば、登記の存在だけで「不動産の取得」があったことになるわけではない
ということです。
この違いを飛ばして、登記原因の名称だけを考えると、問題の順序を逆にしてしまいます。
では、本当の「錯誤」があった場合はどうなるのか
ここまで扱ったのは、登記上は所有権が移ったように見えても、実体上そもそも所有権移転がなかった場合です。
では、
売買契約そのものは本当に締結された。
所有権を移転する意思もあった。
しかし、その意思表示に錯誤があった。
この場合はどうなるのでしょうか。
これは、今回のような、実体的な所有権移転自体がなかった場合とは別の問題です。
しかも、民法の錯誤制度は改正されています。
旧民法95条では錯誤の効果は「無効」とされていましたが、現在の民法95条では「取消し」となっています。
そして、旧民法下では、真正な錯誤無効を理由として、不動産取得税上も所有権取得がなかったと判断した裁判例があります。
では、現在の民法95条による錯誤取消しの場合にも、同じように考えてよいのでしょうか。
次回は、
「『錯誤取消しにすれば不動産取得税はかからない』は本当か」
という、今回の連載の中心的な問題に入ります。
----------------------------------------------------------------------
中野司法書士事務所
東京都杉並区高円寺南4-28-10
高円寺リリエンハイム407
電話番号 :
03-6272-4260
杉並区で選ばれる不動産登記・名義変更業務
----------------------------------------------------------------------