相続人同士の話合いで、司法書士が大切にしている距離感
2026/05/05
専門家の言葉は、人を強気にも慎重にもする
企業や当事者が、ある出来事について強い対応を取る。
契約を終了する。
相手方に厳しい通知を出す。
処分をする。
強い声明を出す。
ニュースなどを見ていると、表に出ているのは会社や当事者本人です。
けれども、その判断の背後には、法律家や外部専門家による評価や助言があることが少なくありません。
もちろん、最終的に判断するのは会社や当事者本人です。
しかし、専門家から、
「法的には可能です」
「この対応を取らない方がリスクがあります」
「ここまでは問題ないでしょう」
と言われれば、当事者は強く出やすくなります。
反対に、
「そこまで行うと不利になります」
「相手にも言い分があります」
「まずは話合いで解決する余地があります」
と言われれば、争いが大きくならずに済むこともあります。
専門家の言葉は、人を強気にも、慎重にもします。
法律的に可能なことと、人として妥当なことは同じではない
法律は大切です。
権利を守るためにも、手続を進めるためにも、法律上どうなるのかを確認することは不可欠です。
ただ、法律だけを道具のように使いすぎると、人間としての常識的な感覚から離れてしまうことがあります。
「法律的には可能です」
「裁判になっても耐えられます」
「この主張で押せます」
そう言われると、当事者は前に出やすくなります。
しかし、法律的に可能であることと、それを実際に行うことが妥当であることは、同じではありません。
相手方にも生活があります。
感情があります。
家族関係があります。
これまでの経緯があります。
特に相続の場面では、法律だけでは割り切れない感情がたくさんあります。
親族間の距離感。
介護や世話をしてきた人の思い。
何もしなかったと言われる側の反発。
長年の疎遠。
「自分は軽く扱われた」という気持ち。
そうしたものを無視して、法律上の有利不利だけで進めてしまうと、手続は進んでも、感情的なしこりが深く残ることがあります。
相続でも、専門家の説明は大きな影響を持つ
相続の手続では、いくつかの選択肢があります。
相続放棄をするのか。
相続分を譲渡するのか。
遺産分割協議で調整するのか。
代償金を支払って解決するのか。
法定相続分どおりに進めるのか。
どの方法を選ぶかによって、相続人の立場や、その後の手続の進み方は大きく変わります。
たとえば、亡くなった方が一人暮らしをしていたマンションが、主な遺産だったとします。
相続人の中には、そのマンションを引き継ぎたいと考える人がいます。以前から亡くなった方の近くで生活を支えていたり、今後その不動産を管理・利用したいと考えていたりする場合です。
一方で、他の相続人の中には、
「自分は相続財産はいらない」
「手続にもあまり関わりたくない」
「他の相続人が取得するなら、それでよい」
と考える人もいます。
このような場合、借金が多くて相続すると損をする、という話ではありません。むしろ、相続財産としてはプラスです。
それでも、相続人全員が財産を欲しがるとは限りません。
長年疎遠だった。
不動産の管理に関わりたくない。
売却や名義変更の手続に時間を取られたくない。
親族間の話合いに深く関わりたくない。
そういう方もいます。
このとき、「自分はいらないから相続放棄をすればよい」と単純に考える方もいます。
しかし、相続放棄をした場合と、相続分を特定の相続人に譲渡した場合とでは、法律上の効果が異なります。
ある方法を選ぶと、他の相続人全体の相続分が増えることがあります。
別の方法を選ぶと、不動産を取得したい相続人に相続分を集めることができます。
また、どの方法を選ぶかによって、登記に必要な書類や、その後の遺産分割協議の進め方も変わります。
一見すると、どちらも「自分は財産を取得しない」という点では似ています。
しかし、法律上の意味は同じではありません。
司法書士がその違いを説明するとき、その言葉は相続人の判断に大きな影響を与えます。
「この方法なら、手続から外れることができます」
「この方法を選ぶと、他の相続人の取り分に影響します」
「この方法であれば、不動産を取得したい相続人に権利を集めやすくなります」
こうした説明は、単なる知識の提供に見えるかもしれません。
しかし、説明を受ける相続人にとっては、専門家からの重要な助言として受け止められます。
だからこそ、私はその言葉の重みを軽く考えてはいけないと思っています。
相続人全員の合意がないと進まないことがある
相続で問題になるのは、遺産の取り合いだけではありません。
相続分どおりでよい。
分け方に大きな争いはない。
誰かが無理な要求をしているわけでもない。
それでも、相続人の一人が話合いに加わらなければ、手続が進まないことがあります。
遺産分割協議は、原則として相続人全員の合意が必要です。
そのため、一人でも署名押印をしない相続人がいれば、不動産の名義変更や預貯金の手続が止まってしまうことがあります。
これは、正面から争っているわけではありません。
しかし、手続に協力しないという形で、結果的に相続手続が妨げられることになります。
過去の家族関係や親族間の感情が原因で、真っ当な遺産分割の話合いにすら応じてもらえないこともあります。
相続人の一人が、何かを強く主張しているわけではない。
裁判所で争っているわけでもない。
ただ、連絡に応じない。
協議に参加しない。
署名押印をしない。
それだけで、相続手続全体が止まってしまうことがあります。
このような場面を見ると、遺言書の大切さを強く感じます。
遺言書は、誰かに多く財産を残すためだけのものではありません。
相続人全員の合意がないと進まない状態を、そもそも作らないためのものでもあります。
私は、一方の相続人を強くするために法律を使いたくない
私は、一方の相続人の味方として、他の相続人を追い込むために法律を使う立場ではありません。
もちろん、相続人同士の対立が深く、交渉や調停、訴訟が必要な場合は、弁護士に依頼すべきです。
相手方と争うことが避けられない場面で、依頼者の代理人として前に立つのは弁護士の役割です。その役割は社会に必要なものです。
ただ、すべての相続が、最初から争いとして扱われるべきではありません。
まだ話合いができる。
制度を説明すれば理解してもらえる。
それぞれの立場を整理すれば、着地点が見つかる。
そういう段階であれば、私は、誰かを強気にさせるためではなく、当事者が自分で判断できるように、制度と結果を整理して伝えたいと考えています。
相続放棄をすればどうなるのか。
相続分譲渡をすればどうなるのか。
遺産分割協議では何を決める必要があるのか。
登記や預貯金の手続では、どの書類が必要になるのか。
後で争いを残さないためには、どこまで書面にしておくべきか。
そうしたことを、できる限り分かりやすく説明する。
その上で、当事者自身に判断してもらう。
それが、相続に関わる司法書士としての大切な距離感だと思っています。
中立とは、何も言わないことではない
「中立」というと、何も言わずに黙っていることのように思われるかもしれません。
しかし、私の考える中立は、そうではありません。
法律上の効果を曖昧にしない。
必要な書類をきちんと確認する。
手続ごとの違いを説明する。
将来問題になりそうな点を伝える。
無理な進め方であれば、無理だと伝える。
これは、司法書士として当然に行うべきことです。
一方で、誰か一人のために結論を誘導したり、他の相続人を追い込むために制度を使ったりすることは、私の仕事の仕方とは違います。
専門家の言葉は、人を動かします。
だからこそ、その言葉を、争いを大きくするためではなく、当事者が冷静に判断するために使いたい。
相続の手続では、正しい書類を作ることも大切です。
登記を正確に申請することも大切です。
しかし、それと同じくらい、相続人が納得して前に進める状態をつくることも大切です。
私は、相続人同士を戦わせるためではなく、物事をきちんと整理し、できる限り話合いで終わらせるために、司法書士として関わっていきたいと考えています。
できれば、争いになる前に準備しておく
相続が始まってから、相続人同士で話し合うことはもちろん大切です。
しかし、現実には、話合いそのものができないことがあります。
遺産を取り合って争っているわけではない。
相続分どおりでも構わない。
分け方に大きな対立があるわけでもない。
それでも、相続人の一人と連絡が取れない。
話合いに応じてもらえない。
署名押印をしてもらえない。
それだけで、不動産の名義変更や預貯金の手続が止まってしまうことがあります。
だからこそ、生前の準備には大きな意味があります。
遺言書があれば、誰に何を承継させたいのかを明確にできます。
相続人全員で遺産分割協議をしなければ進まない状態を、避けられる場合があります。
もちろん、遺言書があればすべて解決するわけではありません。相続人の感情や、遺留分の問題が残ることもあります。
それでも、何も決めていない場合に比べれば、亡くなった方の意思を示す重要な手掛かりになります。
遺言書は、争いになった後に誰かを強くするためのものではありません。
争いになる前に、残された人が手続で立ち止まらないよう、道筋を作っておくためのものです。
遺言書を作る。
不動産の名義や財産の内容を整理する。
誰に何を残したいのかを考えておく。
必要であれば、専門家に相談しておく。
相続の準備は、誰かを有利にするためだけのものではありません。
残された人たちが、余計な対立をせず、できる限り落ち着いて手続を進められるようにするためのものでもあります。
私は、相続が始まった後の手続だけでなく、争いを防ぐための生前の準備についても、司法書士としてお手伝いしたいと考えています。
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