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「あの人は私にあげると言っていた」だけでは、相続では通用しないことがあります

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「あの人は私にあげると言っていた」だけでは、相続では通用しないことがあります

「あの人は私にあげると言っていた」だけでは、相続では通用しないことがあります

2025/10/15

相続の相談を受けていると、よく聞く言葉があります。

 

「亡くなった本人は、私に全部あげると言っていました」
「この家は私がもらうことになっていました」
「ほかの親族は何もしていないのに、今になって相続分を主張してきました」

 

お気持ちは分かります。

 

実際に、亡くなった方のお世話をしていた人、病院や施設の手続きをしていた人、買い物や生活の面倒を見ていた人からすれば、「自分が引き継ぐのが当然だ」と思うこともあるでしょう。

しかし、相続の場面では、その「当然」が通らないことがあります。

理由はとても単純です。

遺言書がないからです。

 

「言っていた」は、証明が難しい

たとえば、亡くなった方が生前に、

 

「このマンションはあなたにあげる」
「私が死んだら、あなたに全部任せる」
「ほかの親族には渡さなくていい」

 

と言っていたとします。

 

しかし、その内容が遺言書として残されていなければ、相続手続では大きな問題になります。

なぜなら、亡くなった本人に、もう確認することができないからです。

 

本当にそう言っていたのか。
どのような意味で言っていたのか。
一時的な感謝の言葉だったのか。
正式に財産を渡すつもりだったのか。
後で気持ちが変わっていなかったのか。

 

亡くなった後では、誰にも確認できません。

 

相続人の一人が「本人は私にあげると言っていた」と言っても、ほかの相続人からすれば、

 

「それは本当ですか?」
「証拠はありますか?」
「自分に都合よく言っているだけではありませんか?」

 

と言いたくなるのも無理はありません。

 

これは、相手が意地悪だからではありません。
相続権がある以上、当然の確認です。

 

世話をした人が、当然に全部もらえるわけではない

亡くなった方のお世話をしていた人がいる場合、その人の気持ちは重いものです。

 

何年も関わってきた。
病院にも付き添った。
買い物もした。
部屋の片付けもした。
ほかの親族は何もしていなかった。

 

そういう事情があると、「自分が相続するのが当然」と思うかもしれません。

しかし、法律上は、世話をしたことだけで当然に遺産を全部取得できるわけではありません。

 

遺言書がなければ、まずは法定相続分が出発点になります。

 

もちろん、立て替えた医療費、葬儀費用、管理費、固定資産税などがあれば、相続人間で精算の対象になることはあります。

 

また、特別な事情があれば、寄与分が問題になることもあります。

 

しかし、単に「よく世話をしていた」「親しくしていた」「ほかの相続人より関係が深かった」というだけで、ほかの相続人の相続分を当然になくすことはできません。

ここが、実際の相続で大きな誤解になりやすいところです。

 

「遺言を書いてもらえる関係」だったのか

少し厳しい言い方になりますが、相続では次の視点も必要です。

 

本当に亡くなった方がその人に財産を渡したかったのであれば、なぜ遺言書を残さなかったのか。

 

もちろん、遺言書を書こうと思っていたけれど、急な病気や認知症、体調悪化で間に合わなかったということもあります。
遺言の制度を知らなかったということもあるでしょう。

 

ただ一方で、もしかすると、そこまで明確に財産を渡す意思はなかったのかもしれません。

 

「ありがとう」
「助かっている」
「あなたに任せたい」

という言葉と、

 

「私の不動産や預金を、他の相続人ではなくあなたに取得させる」

という法的な意思表示は、別のものです。

 

さらに言えば、周囲の人が「本人は私にくれると言っていた」と主張しても、それが本当かどうかは、亡くなった後では分かりません。

 

だからこそ、遺言書が必要なのです。

遺言書は、財産をもらう人のためだけのものではありません。
亡くなる人自身の本当の意思を、相続人全員に対して明確にするためのものです。

 

遺言がないと、善意の人も疑われる

遺言書がない相続では、善意で動いてきた人まで疑われることがあります。

 

「本当にそんなことを言われていたのか」
「勝手に財産を取ろうとしているのではないか」
「預金や不動産の価値を低く見積もっていないか」
「経費を多く差し引こうとしていないか」

 

こうした疑いが生まれると、相続人同士の関係は一気に悪くなります。

 

お世話をしていた人からすれば、納得できないでしょう。

 

「こちらはずっと面倒を見てきたのに」
「今まで何もしなかった人が、なぜ相続分だけ主張するのか」

 

そう感じるのは自然です。

 

しかし、ほかの相続人から見れば、遺言書がない以上、自分にも相続権があります。
その権利を主張すること自体は、悪いことではありません。

 

ここに相続の難しさがあります。

 

感情としては、お世話をしていた人に多く渡したい
でも、法律上は、遺言がなければ法定相続分が出発点になる。

このズレが、相続トラブルの原因になります。

 

「あとで何とかなる」は危険です

相続の現場では、「家族だから分かってくれるだろう」「親族だから話せば通じるだろう」と考えがちです。

 

しかし、相続財産に不動産がある場合、話は簡単ではありません。

不動産は評価額が大きくなります。

預金のように簡単に分けられません。

 

誰か一人が取得する場合、ほかの相続人に代償金を払う必要が出てくることがあります。


代償金が払えなければ、売却して分ける話になることもあります。

 

「この家は自分がもらうつもりだった」
「でも、ほかの相続人に払うお金はない」

 

この状態になると、非常に苦しくなります。

遺言書があれば避けられたかもしれない問題が、遺言書がないために大きな争いになります。

 

遺言は、残される人への配慮です

遺言書というと、「財産が多い人が作るもの」と思われがちです。
しかし、実際にはそうではありません。

 

むしろ、財産が自宅不動産と少しの預金だけというケースほど、遺言書が重要になることがあります。

 

不動産は分けにくいからです。

 

誰か一人に住まわせたい。
世話をしてくれた人に渡したい。
疎遠な相続人には渡したくない。
兄弟姉妹や甥姪ではなく、特定の親族に承継させたい。

 

そういう希望があるなら、口約束では足りません。

 

遺言書として残す必要があります。

遺言書を作ることは、誰かを疑うことではありません。
残される人たちを争わせないための配慮です。

そして、自分の意思をきちんと実現するための手段です。

 

「言っていた」ではなく「書いてある」にする

相続で本当に強いのは、

 

「言っていた」

 

ではありません。

 

書いてある

 

です。

 

しかも、法律上有効な形で書いてあることが重要です。

 

亡くなった後に、どれだけ周囲の人が説明しても、本人の意思を完全に証明することはできません。

 

しかし、遺言書があれば、少なくとも本人の意思を法的な形で示すことができます。

相続で大切なのは、亡くなった後に争うことではありません。
亡くなる前に、争いを防ぐ準備をしておくことです。

 

「自分の財産は、自分の希望どおりに渡したい」
「世話をしてくれた人に迷惑をかけたくない」
「残された親族同士で揉めてほしくない」

 

そう思うのであれば、元気なうちに遺言書を作っておくべきです。

 

相続の現場では、遺言書が一枚あるかどうかで、その後の負担が大きく変わります。

「あの人は私にあげると言っていた」

その言葉だけでは、相続では足りないことがあります。

 

だからこそ、遺言は大切なのです。

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