期限内に相続登記ができなかったら?―「正当な理由」とは【相続登記義務化・4回】
2026/09/19
相続登記には、法律で定められた申請期限があります。
では、事情があって、その期限までに相続登記をすることができなかった場合はどうなるのでしょうか。
不動産登記法164条では、相続登記等の申請義務がある人が、
「正当な理由がないのに」
申請を怠ったときは、10万円以下の過料に処すると定められています。令和5年9月12日付法務省民二第927号通達でも、この取扱いが示されています。
つまり、期限までに登記ができなかった事情によっては、「正当な理由」が問題になります。
では、どのような事情が「正当な理由」になるのでしょうか。
法務省は927号通達で、一般に「正当な理由」があると認められる5つの類型を示しています。
ただし、この5つは単純なチェックリストではありません。
今回は、5類型の内容だけでなく、
「一般に」
「履行期間内」
「その他一切の事情を総合的に考慮」
「5類型に限定されない」
という927号通達の重要な部分まで含めて整理します。
「正当な理由」があれば、相続登記をしなくてよいわけではない
まず、「正当な理由」の法律上の位置付けを確認しておきます。
不動産登記法164条が定めているのは、
正当な理由がないのに申請義務を怠った場合の過料
です。
したがって、「正当な理由」があることによって、
相続登記の申請義務そのものがなくなる
という制度ではありません。
また、
法定の申請期限そのものが自動的に延長される
という制度でもありません。
「正当な理由」は、期限内に申請しなかったことについて、過料の適用との関係で問題となる事情です。
前回までの記事で説明したとおり、登記官から催告を受けた場合でも、「正当な理由」があると認められれば、裁判所への過料通知は行われません。
では、その「正当な理由」はどのように判断されるのでしょうか。
927号通達は「その他一切の事情を総合的に考慮」するとしている
927号通達は、「正当な理由」の有無について、
催告書で具体的な事情を申告するよう求め、その申告内容その他一切の事情を総合的に考慮して判断する
としています。
そのうえで、
相続登記等の申請義務の履行期間内に、次の5つのような事情が認められる場合には、一般に「正当な理由」があると認められる
としています。
ここで重要なのは、
「一般に」
という言葉です。
5類型を単なる可能性として示しているわけではありません。
一方で、類型の名称だけに形式的に当てはめるのではなく、その事情が実際に認められるかどうかを、申告内容その他一切の事情を踏まえて判断する構造になっています。
それでは、5つの類型を順番に見ていきます。
① 相続人が極めて多数で、戸籍収集などに多くの時間がかかる場合
一つ目は、
相続人が極めて多数に上り、戸籍関係書類等の収集や、他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合
です。
ここで注意したいのは、
「相続人が多い」だけではない
ということです。
927号通達は、
「極めて多数」
としています。
さらに、
- 戸籍関係書類等の収集
- 他の相続人の把握
などに多くの時間を要することまで挙げています。
したがって、
「兄弟が多いから正当な理由になる」
という単純な話ではありません。
相続人が極めて多数に上り、必要な戸籍収集や相続人の把握等に多くの時間を要するような事情が示されています。
② 遺言の有効性や遺産の範囲等が争われ、不動産の帰属が明らかでない場合
二つ目は、
遺言の有効性や遺産の範囲等が相続人等の間で争われているために、相続不動産の帰属主体が明らかにならない場合
です。
ここも、
「相続人同士でもめていればよい」
という意味ではありません。
927号通達が問題としているのは、
- 遺言が有効なのか
- その財産が遺産に含まれるのか
などが争われているため、
結局、その不動産を誰が取得するのかが明らかにならない
という状況です。
単なる感情的な対立ではなく、登記すべき不動産の帰属そのものが明らかにならない事情が示されています。
③ 本人に重病その他これに準ずる事情がある場合
三つ目は、
相続登記等の申請義務を負う本人に、重病その他これに準ずる事情がある場合
です。
ここでも、通達の表現に注意が必要です。
単に、
「病気だった」
というだけではなく、
「重病その他これに準ずる事情」
とされています。
どの程度の状態ならこれに該当するのかについて、927号通達が病名や入院期間などの具体的基準を定めているわけではありません。
したがって、個別の事情を離れて、
「この病気なら必ず認められる」
などと一律に判断することはできません。
④ DV被害等により避難を余儀なくされている場合
四つ目は、DV被害等に関するものです。
927号通達では、申請義務を負う人が、
DV防止法に規定する被害者その他これに準ずる者であり、その生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあって、避難を余儀なくされている場合
を挙げています。
したがって、
「DV被害者であれば当然に正当な理由になる」
と単純化するのも正確ではありません。
927号通達は、
生命・心身に危害が及ぶおそれがある状態にあり、避難を余儀なくされていること
まで含めた事情を示しています。
⑤ 経済的に困窮し、登記費用を負担する能力がない場合
五つ目は、
申請義務を負う人が経済的に困窮しているために、登記申請に必要な費用を負担する能力がない場合
です。
ここも誤解しやすいところです。
「登記費用が高い」
というだけではありません。
通達は、
経済的に困窮しており、登記申請に必要な費用を負担する能力がない
という事情を挙げています。
単に費用を負担したくない、あるいは負担が大きいと感じるということまで、当然に「正当な理由」になるという説明ではありません。
「正当な理由」は、この5つだけではない
ここまで5つの類型を見てきましたが、非常に重要なのは、
この5つが限定列挙ではない
という点です。
927号通達は、5類型を挙げたうえで、
これらに該当しない場合でも、個別の事案における具体的な事情に応じ、申請をしないことについて理由があり、その理由に正当性が認められる場合には、「正当な理由」があると認めて差し支えない
としています。
したがって、
「この5つ以外は正当な理由にならない」
という理解は正しくありません。
一方で、
「5つ以外でも事情を説明すれば何でも認められる」
という意味でもありません。
個別具体的な事情に応じて、
申請をしなかったことについて理由があり、その理由に正当性が認められるか
が問題になります。
5類型は単なるチェック項目ではない
927号通達は、5類型について、
「一般に『正当な理由』があると認められる」
としています。
したがって、これらの事情が実際に認められる場合について、
「正当な理由になる可能性があるにすぎない」
と必要以上に弱く説明するのも正確ではありません。
一方、通達は「正当な理由」の有無について、
申告内容その他一切の事情を総合的に考慮して判断する
としています。
つまり、
「相続人が多い」「病気である」「経済的に厳しい」
といった表面的な言葉だけで判断するのではなく、927号通達が示す具体的な事情が認められるのかを確認したうえで判断する仕組みです。
その事情が認められる場合には、通達上、一般に正当な理由があると認められるとされています。
5類型の説明には「履行期間内」という限定がある
もう一つ、927号通達の文章で見落としたくないのが、
「相続登記等の申請義務の履行期間内において」
という言葉です。
927号通達は、
申請義務の履行期間内に5類型のような事情が認められる場合には、一般に正当な理由があると認められる
としています。
つまり、5類型について927号通達が直接示しているのは、
法定の申請期限までの期間に、こうした事情が認められる場合
です。
期限を過ぎた後に初めて生じた事情についてまで、927号通達が同じように扱うと明示しているわけではありません。
一方で、この「履行期間内」という文言だけから、
期限後に生じた事情は一切考慮されない
とまで断定することも、927号通達から直接導くことはできません。
ここでは、通達が明示している範囲を超えて広げないことが重要です。
催告を受けた場合、「正当な理由」は具体的に申告する
では、実際に法務局から催告を受け、「正当な理由」がある場合はどうするのでしょうか。
927号通達の催告書では、
登記を申請していないことについて「正当な理由」がある場合には、その具体的な事情を申告する
仕組みになっています。
催告書の申告欄にできるだけ具体的な事情を記載し、その事情を裏付ける資料も併せて提出するよう求められています。
したがって、
「事情があったので登記できませんでした」
とだけ伝えるのではなく、具体的な事情を示し、その事情を裏付ける資料とともに申告することが予定されています。
もっとも、どのような資料を提出すれば必ず認められるのかについて、927号通達が一律の基準を定めているわけではありません。
最終的には、申告内容その他一切の事情を総合的に考慮して判断されます。
「正当な理由」は5つのチェックリストではない
相続登記の申請期限を過ぎた場合、
「何か事情があれば大丈夫」
というわけではありません。
一方で、
「法務省が示した5つに入らなければ絶対に認められない」
という制度でもありません。
927号通達は、
- 履行期間内に一定の事情が認められること
- 5類型については一般に正当な理由があると認められること
- 申告内容その他一切の事情を総合的に考慮すること
- 5類型以外でも正当性が認められる場合があること
を示しています。
したがって、「正当な理由」を考えるときは、
5つのどれに当てはまるかだけを見るのではなく、なぜ期限内に登記を申請できなかったのかという具体的事情を見る必要があります。
そして、「正当な理由」があるとしても、相続登記の申請義務そのものがなくなるわけではありません。
相続登記を期限内にすることが難しい場合には、通常の相続登記とは別に、申請義務を履行するための相続人申告登記という制度も設けられています。
次回は、
「相続人申告登記とは?―相続登記義務を履行する『簡易な方法』とその限界」
を取り上げます。
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