自筆証書遺言の押印が任意化へ――録音・録画を使う新しい遺言方式も【保管証書遺言・5回】
2026/09/16
はじめに
これまでの連載では、令和8年の遺言制度改正について、新しく創設される「保管証書遺言」を中心に見てきました。
しかし、今回の改正で変わるのは、新しい遺言方式だけではありません。
従来からある自筆証書遺言や秘密証書遺言では、押印に関する要件が見直されます。
また、死亡の危急に迫った場合や、船舶遭難、大規模な災害等による特殊な状況では、録音・録画やウェブ会議、電子的な送信を利用する新しい遺言方式も設けられます。
さらに、遺言の証人・立会人になれない人の範囲も広がります。
つまり、令和8年の遺言制度改正は、単に紙の遺言を電子データに置き換えるための改正ではありません。
従来から存在する遺言の方式そのものについても、押印に関する慣行やデジタル技術の普及、高齢化など、現在の社会に合わせた見直しが行われています。
今回は、その内容を詳しく見ていきます。
自筆証書遺言の押印が「任意」になります
今回の改正では、自筆証書遺言、秘密証書遺言、特別の方式の遺言について、遺言者や証人等に求められてきた押印要件が見直されます。
法務省は、この改正を「押印の任意化」と表現しています。
まず、最も身近な自筆証書遺言から見てみましょう。
現在は「自書」に加えて押印が必要です
現在の民法968条では、自筆証書遺言について、原則として遺言者本人が、
- 遺言の全文
- 日付
- 氏名
を自書し、さらに押印することが必要です。
財産目録については、一定の条件のもとでパソコン等で作成したものや登記事項証明書などを利用できますが、その場合にも、遺言者がその毎葉に署名し、押印することが求められています。
また、自筆証書遺言の内容を加除・訂正する場合にも、民法が定める方法に従って署名し、変更した場所に押印する必要があります。
改正後も「自書」は残ります
改正民法968条では、自筆証書遺言の本文について、現在の
「自書し、これに印を押さなければならない」
という規定から、押印に関する部分が削除されます。
そのため、改正法の施行後は、他の方式要件を満たしていれば、押印がないことだけを理由として自筆証書遺言が方式違反になることはなくなります。
ただし、ここで非常に重要なのは、
押印が任意になるのであって、「自筆」が任意になるわけではない
という点です。
自筆証書遺言では、改正後も原則として、遺言本文、日付、氏名を遺言者自身が書く必要があります。
前回まで詳しく説明した「保管証書遺言」のように、遺言本文をパソコン等で作成できる制度に変わるわけではありません。
財産目録は「署名」は残り、「押印」が任意に
自筆証書遺言に添付する財産目録についても押印要件が見直されます。
現在は、自書によらない財産目録を利用する場合、遺言者がその毎葉に署名し、押印しなければなりません。
改正後は、この規定が
「署名しなければならない」
という形になります。
つまり、
財産目録への署名は引き続き必要ですが、押印は方式上必須ではなくなります。
「押印が不要になるから、財産目録には何もしなくてよい」という意味ではありません。
訂正・加除の際の押印も任意になります
自筆証書遺言を書き間違えたり、内容を追加したり削除したりする場合についても、押印要件が見直されます。
現在は、遺言者が変更した場所を示し、変更した旨を付記して署名するとともに、変更した場所に押印することが求められています。
改正後は、このうち押印に関する要件が削除されます。
ただし、これも、
訂正の方法そのものが自由になる
ということではありません。
法律が定める方法によって変更した場所を示し、変更した旨を付記して署名するという基本的な仕組みは残ります。
「押印しなくても方式を満たす」と「押印に意味がない」は別です
ここでもう一つ注意したいことがあります。
押印が遺言の「方式要件」ではなくなることと、任意にされた押印に証拠上の意味が全くなくなることは、同じではありません。
改正後も、遺言者が任意に押印することは禁止されません。
実際に押印されていた場合、その事実が証拠上どのように評価されるかは、遺言の方式要件とは別に、個別の事案に応じて検討される問題です。
今回の改正は、あくまで、
押印をしなければ自筆証書遺言の方式を満たさない
という現在のルールを改めるものです。
秘密証書遺言はなくなりません――押印・封印の方式を見直し
今回の改正では、「秘密証書遺言」についても方式が見直されます。
秘密証書遺言そのものが廃止されるわけではありません。
改正後も、自筆証書遺言、保管証書遺言、公正証書遺言と並ぶ普通方式の一つとして残ります。
秘密証書遺言とは
秘密証書遺言は、遺言の内容を記載した証書を封じ、公証人1人と証人2人以上の前にその封書を提出し、所定の手続を行う方式です。
自筆証書遺言とは異なり、遺言本文をすべて本人が手書きする必要はありません。
一方で、現在の民法970条では、遺言者の署名・押印や封印などについて細かな方式が定められています。
遺言者の押印や、同じ印章による封印が見直されます
現在の秘密証書遺言では、
- 遺言者が証書に署名し、押印する
- 証書を封じ、証書に用いた印章によって封印する
- 公証人が所定の事項を封紙に記載し、遺言者・証人とともに署名・押印する
という方式になっています。
改正後は、
- 遺言者の証書への押印を要求しない
- 「証書に用いた印章による封印」ではなく、「証書に封をする」
- 遺言者と証人については、封紙への押印を要求しない
という形に改められます。
「封をする」ことと公証人の押印は残ります
ただし、
秘密証書遺言では印鑑が一切不要になる
と理解するのは正確ではありません。
改正後も、証書に「封をする」こと自体は必要です。
また、改正後の970条1項4号でも、公証人が封紙に押印することは残ります。
したがって、秘密証書遺言についても押印要件は大きく見直されますが、すべての印鑑や封に関する手続がなくなるわけではありません。
死亡の危急に迫ったときの遺言にもデジタル技術が使われます
今回の改正で特に興味深いのが、通常とは異なる状況における「特別の方式」の遺言です。
民法には、自筆証書遺言や公正証書遺言などの「普通の方式」とは別に、死亡の危急に迫った場合などについて、特別の方式の遺言が定められています。
今回の改正では、このような遺言について、録音・録画やウェブ会議などのデジタル技術を利用する新しい方式が設けられます。
ただし、
「自分で遺言を話して動画を撮影しておけばよい」
という制度ではありません。
法律が定める作成過程を録音・録画する仕組みになっています。
現在の死亡危急時遺言は証人3人以上が必要です
現行民法976条では、疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をする場合、証人3人以上の立会いが必要です。
遺言者が証人の一人に遺言の趣旨を口授し、その証人が内容を筆記します。
その後、筆記した内容を遺言者と他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記が正確であることを承認したうえで、署名・押印するという方式です。
今回の改正でも、この従来型の方式自体は残ります。
ただし、従来型の方式についても押印要件は見直され、証人について現在必要とされている押印は方式上必須ではなくなります。
そして、これとは別に、新しい民法976条の2が設けられます。
新976条の2――作成過程を録音・録画する新しい方式
新しい方式では、死亡の危急に迫った人が、証人1人以上の立会いのもとで遺言をすることができます。
ただし、そのためには法律が定める一連の状況を、録音及び録画を同時に行う方法によって記録することが必要です。
大きく分けると、次のような流れになります。
① 遺言者が、証人の一人に遺言の趣旨を口授する
↓
② 口授を受けた証人が、遺言の趣旨と証人の氏名を書面に記載し、又は電磁的記録に記録する
↓
③ その証人が、書面又は電磁的記録に記録された情報の内容を表示したものを、遺言者に読み聞かせ、又は閲覧させる
↓
④ 遺言者が、その記載又は記録が正確であることを承認する
そして、この一連の状況を録音・録画します。
つまり、単に遺言者本人がカメラに向かって、
「自宅は長男に相続させる」
などと話し、その動画を保存する制度ではありません。
証人への口授、証人による記録、遺言者への読み聞かせ又は閲覧、遺言者による正確性の承認という法律上定められた過程があり、その状況を録音・録画することが、この新方式の要件となっています。
「証人は1人でよい」と一般化することはできません
この新しい方式については、証人は「1人以上」とされています。
現行の976条の方式が証人3人以上を必要としていることと比べると、大きな違いです。
しかし、
「死亡危急時遺言は、改正後は証人1人でよくなる」
という説明では正確ではありません。
従来の民法976条の方式とは別に、
録音・録画等を利用する新976条の2の方式について、証人1人以上で利用できる
という制度だからです。
どの死亡危急時遺言でも証人が1人に減るわけではありません。
証人はウェブ会議で立ち会うこともできます
新976条の2では、証人が遺言者と同じ場所にいる場合だけでなく、映像と音声の送受信によって、遺言者と証人がお互いの状態を認識しながら通話できる方法によって立ち会うことも認められます。
一般的にいえば、ウェブ会議を利用した立会いです。
第2回で説明した保管証書遺言でもウェブ会議が登場しましたが、ここでは制度が異なります。
保管証書遺言では遺言書保管官との手続についてウェブ会議を利用する場合があるのに対し、ここでは死亡危急時遺言における証人の立会いにデジタル技術を利用する仕組みです。
なお、口がきけない人や耳が聞こえない人については、通訳人を介して遺言をするための規定も整備されています。
録音・録画して終わりではありません――20日以内に家庭裁判所の確認が必要
ここも非常に重要です。
新976条の2の方式に従って遺言をしたとしても、それだけで遺言が効力を生じるわけではありません。
新976条の2では、現行民法976条4項・5項の規定が準用されます。
そのため、
遺言の日から20日以内に、証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に確認を請求し、その確認を得なければ、遺言は効力を生じません。
家庭裁判所は、その遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ確認することができません。
したがって、
「録音・録画が残るようになるから、裁判所での確認は不要になる」
という制度でもありません。
なお、ここでいう家庭裁判所の「確認」は、遺言書について行われる「検認」とは別の手続です。
船舶遭難だけではない――重大な災害等にも特別方式を拡張
特別の方式の遺言については、もう一つ大きな改正があります。
現在の民法979条は「船舶遭難者の遺言」について定めています。
船舶が遭難し、その船舶中にいて死亡の危急に迫った者は、証人2人以上の立会いのもとで、口頭で遺言をすることができます。
現在は、その後、証人が遺言の趣旨を筆記し、署名・押印したうえで、証人の一人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に確認を請求する仕組みです。
今回の改正では、この979条について、対象となる場面が広げられるとともに、証人の押印要件も見直されます。
「天災その他避けることのできない事変」にも対象を拡張
改正後の民法979条では、船舶遭難の場合だけでなく、
天災その他避けることのできない事変が発生した場合において、その天災又は事変から生じた重大かつ急迫の危難を避けることが困難な場所にいて、死亡の危急に迫った者
についても、同様の特別な遺言方式を利用できることになります。
法務省の概要資料では、「大規模地震等」が例として挙げられています。
ただし、
「災害が起きたら、この方式で遺言できる」
と単純化することはできません。
条文上は、
- 天災その他避けることのできない事変が発生している
- そこから重大かつ急迫の危難が生じている
- その危難を避けることが困難な場所にいる
- 本人が死亡の危急に迫っている
という状況が前提となっています。
単に地震や水害が発生した地域にいるというだけで、この特別方式が利用できるわけではありません。
新979条の2――録音・録画を使う二つの方式
さらに、新しい民法979条の2では、改正979条1項が対象とする死亡の危急に迫った者について、録音・録画を利用した二つの新しい方式が設けられます。
大きく分けると、次の二つです。
| 第1号の方式 | 第2号の方式 | |
|---|---|---|
| 遺言の方法 | 口頭で遺言 | 口頭で遺言 |
| 録音・録画 | 必要 | 必要 |
| 証人 | 1人以上の立会いが必要 |
法律上、証人の立会い を要求していない |
| 記録の送信 | 不要 | 特定の者への送信が必要 |
第1号――証人1人以上の立会い+録音・録画
一つ目は、
証人1人以上の立会いのもとで口頭で遺言をし、その状況を録音・録画する方式
です。
ここでも、録音と録画を同時に行う必要があります。
また、証人については、遺言者と証人がお互いの状態を映像と音声で認識しながら通話できる方法による立会いも認められます。
つまり、ウェブ会議による立会いも可能になります。
第2号――録音・録画した記録を「特定の者」に送信する
もう一つは、さらに特徴的です。
遺言者が口頭で遺言をする状況を録音・録画し、
その記録を、使用する電子計算機を用いて特定の者に送信する
という方式です。
この方式では、法律上、証人の立会いは要求されていません。
しかし、ここで特に注意しなければならないのが、
一人で動画を撮影し、スマートフォンの中に保存しておけばよいわけではない
という点です。
法律は、録音・録画するだけでなく、その記録を「特定の者に送信する」ことまで方式として要求しています。
したがって、
スマートフォンで遺言を話して撮影しておけば、それがそのまま遺言になる
という理解は正確ではありません。
そもそもこの方式を利用できるのは、改正979条1項が定める特殊な危急状況にある場合です。
通常の生活の中で、自分の遺言を動画に撮って家族へ送れば、この方式の遺言になるという制度ではありません。
家庭裁判所の確認を得なければ効力を生じません
新979条の2による遺言にも、家庭裁判所による確認が必要です。
法律は、
- 証人の一人
- 第2号の方式による送信を受けた者
- 利害関係人
から、遅滞なく家庭裁判所に確認を請求し、その確認を得なければ、遺言は効力を生じないと定めています。
また、民法976条5項が準用されるため、家庭裁判所は、その遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ確認することができません。
ここは、先ほど説明した新976条の2との違いにも注意が必要です。
新976条の2による遺言では、
「遺言の日から20日以内」
に確認を請求する必要があります。
これに対して、新979条の2では、
「遅滞なく」
と定められています。
いずれにしても、
録音・録画されたデータが存在するだけで遺言として効力を生じる制度ではない
という点は共通しています。
デジタル技術を利用しながらも、遺言者の真意を確認するための法律上の方式や家庭裁判所の関与は残されています。
証人・立会人になれない人の範囲も広がります
今回の改正では、遺言の「証人又は立会人」についても見直しが行われます。
遺言の方式によっては証人や立会人が重要な役割を果たしますが、誰でもその役割を担えるわけではありません。
民法974条は、証人又は立会人になることができない人を定めています。
受遺者との関係について欠格事由を拡張
現行法では、推定相続人、受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族などが、証人又は立会人になることができません。
改正後は、推定相続人と受遺者を分けて規定し、特に受遺者との関係について対象が広げられます。
改正後の重要な部分を整理すると、次のようになります。
推定相続人について
- 推定相続人
- その配偶者
- その直系血族
受遺者が個人である場合
受遺者のうち推定相続人である者を除き、
- 受遺者
- その配偶者
- その直系血族
- その被用者
が証人又は立会人になることができません。
受遺者が法人である場合
- その法人の被用者
- その法人の役員
も証人又は立会人になることができません。
なお、このほかにも未成年者や、公証人との一定の関係にある者など、民法974条が定める欠格事由があります。
背景には単身高齢者の増加や高齢者施設等への遺贈
法務省は、この改正の背景として、
- 単身高齢者が増加していること
- 入所している高齢者施設等への遺贈が行われる例があること
- 現行法では、受遺者の従業員等が証人の欠格事由とされていないこと
を挙げています。
こうした事情を踏まえ、今回の改正では、受遺者の被用者や、受遺者が法人である場合の被用者・役員まで欠格事由が拡張されます。
ただし、
「高齢者施設の職員は遺言の証人になれない」
と一般化するのは正確ではありません。
例えば、その施設を運営する法人が受遺者である場合など、民法974条が定める受遺者との関係に該当するかによって判断する必要があります。
これらの改正はいつから始まる?
最後に、施行時期について注意が必要です。
令和8年6月17日に成立し、同月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」では、今回説明した押印の任意化、特別の方式の遺言の見直し、証人・立会人の欠格事由の見直しなどについて、
令和8年6月24日の公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日
から施行するとされています。
令和8年9月14日現在、法務省が公表している情報では、具体的な施行日はまだ示されていません。
したがって、
この記事で説明した新しい方式を、現在すでに利用できるわけではありません。
例えば、施行日前に自筆証書遺言を作成するのであれば、現在の民法が要求している押印等の方式に従う必要があります。
改正法が成立したことと、改正後の方式が実際に利用できるようになることは別です。
なお、第2回以降で詳しく説明した「保管証書遺言」の創設など、システム改修を必要とする改正については、公布の日から起算して3年を超えない範囲内で政令で定める日から施行されます。
同じ遺言制度改正でも、改正事項によって施行時期が異なるため注意が必要です。
まとめ――遺言制度の「現代化」は保管証書遺言だけではありません
令和8年の遺言制度改正では、新しい保管証書遺言が大きく注目されています。
しかし、従来からある遺言制度についても、広い範囲で見直しが行われます。
自筆証書遺言等では押印が任意化され、秘密証書遺言でも押印・封印の方式が変更されます。
死亡の危急に迫った場合などの特別の方式の遺言については、録音・録画、ウェブ会議、電子的な送信を利用する新しい方式が設けられます。
証人・立会人になれない人の範囲も、現在の社会状況を踏まえて広げられます。
一方で、今回のデジタル化は、
「動画を撮れば遺言になる」
「スマートフォンで遺言を残せる」
というように、遺言の方式そのものを自由にする改正ではありません。
むしろ、録音・録画などのデジタル技術を利用しながら、遺言者本人の意思をどのように確認し、その作成過程をどのように残すかという観点から、新しい法定方式が細かく設計されています。
遺言の選択肢は、今回の改正によって広がります。
ただし、どの方式を選ぶのがよいかは、家族関係、財産の内容、遺言者の年齢や状況、遺留分、その後の遺言執行や相続手続などによって異なります。
中野司法書士事務所では、遺言書を作成することだけでなく、その後の相続手続まで見据えながら、遺言・生前対策についてご相談をお受けしています。
----------------------------------------------------------------------
中野司法書士事務所
東京都杉並区高円寺南4-28-10
高円寺リリエンハイム407
電話番号 :
03-6272-4260
杉並区で安心できる遺産・生前対策の対応
----------------------------------------------------------------------