新しい「保管証書遺言」とは?紙・電子データ・本人確認・全文口述の仕組みを司法書士が解説【保管証書遺言・2回】
2026/09/10
はじめに
前回は、令和8年の遺言制度改正の全体像と、新しい普通方式として「保管証書遺言」が創設されることをご紹介しました。
では、実際にはどのようにして保管証書遺言を作るのでしょうか。
「Wordで遺言を書いて法務局に送ればよいのか」
「電子データでなければ使えないのか」
「電子署名は必要なのか」
「本当に遺言の全文を読み上げるのか」
「法務局まで行かなくても作れるのか」
制度の名前だけを聞いても、こうした疑問はなかなか解消しません。
保管証書遺言の特徴は、単にパソコンで遺言を作れることではありません。
遺言の作成に加えて、本人確認、原則として遺言全文の口述、法務局での保管までを組み合わせ、それらを一つの遺言方式としているところに大きな特徴があります。改正民法も、所定の方式に従って作成・口述した証書について、遺言書保管法に従った保管がなければ効力を生じないという仕組みにしています。
今回は、作成から保管、死亡後の利用、そして遺言を撤回するときまで、時間の流れに沿って見ていきます。
なお、令和8年9月8日現在、保管証書遺言はまだ施行されていません。保管証書遺言の創設に関する規定は、公布の日から3年を超えない範囲内で政令により定められる日から施行されることになっています。法務省の成立法概要も、この部分を「公布から3年以内」と整理しています。
目次
- 保管証書遺言には「紙」と「電子データ」がある
- 本文を本人が全部手書き・入力する必要はない
- 作成しただけでは足りない――署名等と保管申請
- 本人確認は遺言書保管官が行う
- 原則として遺言全文を口述する
- 財産目録まで全部読み上げる必要はない場合がある
- 口がきけない方には代替方法がある
- ウェブ会議を利用できる場合もある
- 保管されて初めて効力を生じる
- 日付を本人が書く方式ではない
- 死亡後はどうやって遺言を見つけるのか
- 家庭裁判所の検認は不要
- 保管を撤回すると遺言自体を撤回したことになる
- まとめ
保管証書遺言には「紙」と「電子データ」があります
「電子遺言」という言葉からは、パソコンやスマートフォンの中に保存されたデータだけを想像しがちです。
しかし、新しい保管証書遺言には、大きく分けて2つの形があります。
改正後の遺言書保管法では、
書面保管証書遺言書
と
電子保管証書遺言書
が区別されています。
簡単に整理すると、次のようになります。
| 書面によるもの | 電子データによるもの | |
|---|---|---|
| 遺言の本文 | 書面に記載 | 電磁的記録に記録 |
| パソコン等で本文を作成 | 可能 | 可能 |
| 保管方法 | 書面を遺言書保管所で保管 | データを遺言書保管ファイルで管理 |
| 本人確認 | 必要 | 必要 |
| 原則として全文口述 | 必要 | 必要 |
改正後の遺言書保管制度では、書面で作成されたものは遺言書保管所の施設内で保管し、電子データによるものは、その内容を遺言書保管ファイルに記録して管理する仕組みになっています。
つまり、新制度は、
「紙かデータか」を選ぶ制度
であると同時に、
どちらを選んでも、本人確認や口述、法務局での保管という公的な手続を経る制度
でもあります。
本文を本人が全部手書き・入力する必要はありません
これは、自筆証書遺言との大きな違いです。
現在の自筆証書遺言では、財産目録など一部の例外を除き、遺言者本人が遺言の全文を自書しなければなりません。
一方、保管証書遺言では、本文を遺言者本人が手書きしたことや、自分でキーボードから入力したことは方式要件になっていません。
改正民法が求めているのは、遺言の全文が証書に記載または記録されていること、それについて所定の署名等を行い、遺言者本人が遺言書保管官の前で原則として全文を口述することなどです。
したがって、例えば、
司法書士等の専門家と相談しながら遺言の内容を整理する
↓
パソコンで遺言文案を作成する
↓
遺言者本人が内容を確認する
↓
本人が保管証書遺言の法定手続を行う
という利用も制度上考えられます。
ただし、ここは非常に重要です。
専門家が文案作成を手伝えることと、遺言そのものを代理できることは全く別です。
遺言は遺言者本人の行為です。
最終的には、遺言者本人が自分の遺言として法定の方式を満たさなければなりません。
作成しただけでは足りない――署名等と保管申請が必要です
パソコンで本文を作れるからといって、それを保存しただけでは保管証書遺言にはなりません。
改正民法968条の2では、遺言の全文が記載または記録された証書について、
署名、またはこれに代わる措置として法務省令で定めるもの
を講じることが求められています。
電磁的記録の場合については、法務省はこの「署名に代わる措置」として電子署名を想定しています。
ただし、ここで、
「電子保管証書遺言なら電子署名が必ず必要」
と現段階で言い切るのは正確ではありません。
法律そのものは「署名又はこれに代わる措置として法務省令で定めるもの」としており、具体的な方法については施行までに定められる法務省令を確認する必要があります。
また、遺言者は遺言書保管官に対して、保管証書遺言書の保管の申請を行います。
法務省はオンラインによる保管申請も可能になると説明していますが、具体的なファイル形式、データ容量、本人確認資料、手数料などの詳細は、今後の省令等を確認する必要があります。
本人確認は遺言書保管官が行います
保管証書遺言の重要な特徴の一つが、公的機関による本人確認です。
遺言書保管官は、保管を申請している人が本当にその遺言者本人なのかを確認します。
法務省は、この本人確認によって、
第三者によるなりすましを防止する
ことを制度の重要な役割として挙げています。
ただし、ここで区別しておかなければならないことがあります。
本人確認と遺言能力の判断は同じものではありません。
遺言書保管官が、
「この人は申請人本人である」
と確認することと、
「この人には、この内容の遺言をするための十分な遺言能力がある」
と判断することは別問題です。
したがって、法務局で本人確認を受けたからといって、
- 遺言能力が保証される
- 遺言内容がすべて法律上有効と保証される
- 遺留分を侵害していないと確認してもらえる
- 将来の相続争いが生じないことまで保証される
という制度ではありません。
この点は、現在の自筆証書遺言書保管制度と同様、注意が必要です。
原則として遺言全文を口述します
本人確認だけではありません。
保管証書遺言では、遺言者本人が、遺言書保管官の前で、証書に記載または記録された遺言の全文を口述することが原則となります。
ここは新制度の非常に特徴的なところです。
例えば、
「この書類は私の遺言です」
と確認するだけではありません。
原則として、その遺言に書かれている内容そのものを口述します。
法務省は、この全文口述について、
遺言者本人の真意に基づかない遺言が作成されることを防止する
ための仕組みと説明しています。
パソコンで本文を作れるようにする一方で、その内容を遺言者本人に口述させる手続を要求しているわけです。
もっとも、
なぜ電子署名や本人確認だけでは足りないのか
なぜ「これは私の遺言です」という確認だけではなく、全文口述まで要求したのか
という問題には、かなり興味深い立法経緯があります。
これは次回、第3回で詳しく取り上げます。
財産目録まで全部読み上げる必要はない場合があります
「全文を口述する」と聞くと、
不動産や預金口座が多数ある人は、財産目録まで全部読み上げるのか
という疑問が出てきます。
この点については特則があります。
改正民法968条の3では、保管証書と一体となっている相続財産の全部または一部の目録について、遺言書保管官がその目録を遺言者に閲覧させることその他の法務省令で定める措置を講じた場合には、その財産目録部分については口述を不要とすることができます。
したがって、
「遺言に付けた何十ページもの財産目録まで、一字一句全部読み上げなければならない」
という制度ではありません。
具体的にどのような方法で財産目録を確認させるのかは、施行時の省令や運用を確認する必要があります。
口がきけない方には代替方法があります
全文口述が原則だからといって、口がきけない方が保管証書遺言を利用できないわけではありません。
改正民法968条の3では、口がきけない遺言者について、
- 通訳人の通訳による申述
- 自書
によって口述に代えることができる規定が設けられています。
つまり、新制度は口述を重視しながらも、事情に応じた代替方法を用意しています。
ウェブ会議を利用できる場合もあります
保管証書遺言では、本人確認や口述について、ウェブ会議を利用できる仕組みも設けられます。
これは遠方に住んでいる方や、法務局への出頭が難しい方にとって注目される制度でしょう。
ただし、
「自宅から希望すれば誰でも完全オンラインで遺言を作れる」
という意味ではありません。
遺言者から申出があり、さらに遺言書保管官がウェブ会議の利用を相当と認めることが必要です。
要綱案の補足説明では、ウェブ会議を利用する場合について、遺言者の周囲に介助者や機器の操作補助者以外の第三者がいることがうかがわれる場合には、ウェブ会議による手続を中止することなども想定されていました。
これは、遺言者が誰かに指示されたり、影響を受けたりしながら口述することを防ぐという問題に関わります。
もっとも、具体的にどのような場合にウェブ会議を認めるのか、周囲の状況をどのように確認するのかなどは、今後の省令や実務運用を確認する必要があります。
保管されて初めて「保管証書遺言」として効力を生じます
ここは、新制度を理解するうえで非常に重要です。
保管証書遺言は、
文章を作った時点
でも、
署名等をした時点
でも、
全文を口述しただけの時点
でも、保管証書遺言として効力を生じるわけではありません。
改正民法968条の2は、所定の方式に従ってした遺言について、
遺言書保管法の定めるところにより、その遺言に係る証書を保管しなければ、その効力を生じない
としています。
つまり、保管証書遺言では、法務局による保管そのものが遺言の効力に関わる要件になっています。
第1回でも、
現在の自筆証書遺言書保管制度は「遺言を作ってから預ける」
新しい保管証書遺言は「所定の保管手続まで終えて初めて、その方式の遺言になる」
と説明しました。
この違いが、新制度の本質の一つです。
日付を遺言者本人が書く方式ではありません
これも、自筆証書遺言に慣れている方には意外なところです。
自筆証書遺言では、
全文・日付・氏名を遺言者本人が自書する
ことが基本的な方式要件です。
ところが、保管証書遺言について定める改正民法968条の2には、遺言者が日付を記載することを方式要件とする規定がありません。
一方、改正後の遺言書保管法では、書面保管証書遺言書・電子保管証書遺言書のいずれについても、保管を開始した年月日が遺言書保管ファイルの記録事項とされています。
ですから、
「新制度では日付がどうでもよくなる」
ということではありません。
より正確には、
自筆証書遺言のように、遺言者本人が遺言書に日付を書く方式ではなく、公的な保管手続の中で保管開始年月日が記録される仕組みになる
と理解するのがよいでしょう。
この点も、従来の遺言方式とのかなり大きな違いです。
死亡後はどうやって遺言を見つけるのでしょうか
遺言は、作るだけでは十分ではありません。
遺言者が亡くなった後に、
「そもそも遺言があることを誰も知らなかった」
ということになれば、その意思を実現することが難しくなります。
そのため、保管証書遺言にも、死亡後に遺言を発見し、内容を確認するための仕組みが設けられています。
相続開始後には、相続人、受遺者、遺言執行者などが、
- 保管証書遺言書が保管されているかどうかの証明
- 遺言書や遺言書保管ファイルの記録の閲覧
- 遺言内容等を証明する書面の交付
- 遺言内容等を証明する電磁的記録の提供
などを請求できる仕組みになります。
法務省は、証明書について、データまたは書面を選択でき、オンライン請求も可能になると説明しています。
通知制度も設けられます
新制度でも通知の仕組みがあります。
例えば、遺言者は、生前に、死亡後に通知を受ける者を指定し、
「法務局で保管証書遺言書を保管しています」
という趣旨の通知をしてもらうための申出をすることができます。
また、相続人等が遺言書を閲覧したり、内容を証明する書面・データの提供を受けたりした場合には、他の相続人等に対して保管の事実を通知する仕組みも設けられます。
なお、現在の自筆証書遺言書保管制度にも通知制度があります。
したがって、通知という考え方自体が今回初めて導入されるわけではありません。
家庭裁判所の「検認」は不要です
保管証書遺言の実務上の大きな特徴の一つが、家庭裁判所の検認が不要であることです。
「検認」とは、遺言者が亡くなった後、家庭裁判所が遺言書の状態などを確認する手続です。
改正後は、遺言書保管所に保管されている保管証書遺言書について、民法1004条1項の検認規定は適用されません。
したがって、保管証書遺言については、相続開始後に家庭裁判所の検認手続を経る必要はありません。
ただし、ここでも注意があります。
検認が不要であることと、その遺言が実体的にも必ず有効であることは別問題です。
例えば、
- 遺言能力があったか
- 遺言内容が法律上有効か
- 後の遺言によって撤回されていないか
などについて争いが生じる可能性までなくなるわけではありません。
法務局保管と、遺言の実体的な有効性の保証は分けて考える必要があります。
保管をやめると、遺言自体を撤回したことになります
最後に、現在の自筆証書遺言書保管制度とは扱いが大きく異なる重要な点があります。
それが、保管申請の撤回です。
保管証書遺言の遺言者は、保管の申請を撤回することができます。
そして成立した改正法では、
保管証書遺言書について保管申請を撤回したときは、その保管証書遺言書について遺言を撤回したものとみなす
という規定が設けられています。
これは、現在の自筆証書遺言書保管制度とは重要な違いです。
| 現在の自筆証書遺言書保管制度 | 新しい保管証書遺言 | |
|---|---|---|
|
法務局への保管申請 を撤回すると |
保管をやめ、 遺言書の返還を受ける |
保管証書遺言自体を 撤回したものとみなされる |
| 遺言自体への影響 |
保管申請を撤回しただけでは、 当然に遺言そのものの 撤回にはならない |
法律上、遺言を撤回 したものとみなされる |
現行制度では、法務省も、内容を変更したい場合には、保管申請を撤回して遺言書の返還を受け、内容を変更した上で改めて保管申請する方法などを案内しています。
これに対して、保管証書遺言では、
「預けるのをやめること」と「遺言を撤回すること」が法律上結び付けられている
わけです。
これは新制度を利用するうえで、非常に重要な違いです。
まとめ――保管証書遺言は「パソコンで書ける遺言」だけではありません
保管証書遺言というと、どうしても
「パソコンで遺言を書けるようになる」
という点が注目されます。
しかし、制度全体を見ると、それだけではありません。
保管証書遺言には、書面と電子データの2つの形があり、本文を本人がすべて手書き・入力することは要求されません。
一方で、
署名等
本人確認
原則として遺言全文の口述
法務局での保管
という手続を組み合わせることで、一つの遺言方式を作っています。
さらに、死亡後には保管の有無の確認・閲覧・証明・通知の仕組みがあり、家庭裁判所の検認も不要です。
そして、保管申請を撤回すれば、その保管証書遺言自体を撤回したものとみなされます。
つまり、新しい制度の本質は、
「手書きをパソコンに置き換えただけ」ではなく、遺言者本人による口述等の手続と、公的機関による本人確認・保管を組み合わせて一つの遺言方式として設計したこと
にあります。
では、なぜそこまで厳格な手続が必要なのでしょうか。
本人確認も行われます。電磁的記録については電子署名も想定されています。
それでも、なぜ遺言者本人に全文を口述させる必要があるのでしょうか。
実は法制審議会では、法務局で保管しない電子遺言、電子署名、生体認証、録音・録画、民間事業者によるサービスなど、さまざまな方式が検討されていました。
次回は、「なぜ電子署名だけでは遺言にできなかったのか」を中心に、最終的に今回の保管証書遺言という仕組みが採用された理由を、立法過程から詳しく見ていきます。
中野司法書士事務所では、遺言の方式だけでなく、ご家族の状況、財産内容、遺留分、その後の相続手続や遺言執行まで踏まえて、遺言書作成のご相談をお受けしています。
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